魔魅流×竜二

牛サ時計
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熱により、寝ているのか起きているのか分からぬ程に混濁した意識の中、それでも人の気配を察知した少年は、布団の中で仰向けに寝たまま、重たい目蓋を開けた。

「竜二様、起きてらっしゃいますか?」

「…ああ」

あまり部屋に近寄らぬようにと命じているため、自然と遠慮がちになる家人の声に、竜二は短い返事を返す。

「…叔母上様が、至急お会いしたいとお見えになっておられます」

用件を促すのも億劫で、竜二が黙り込んでいれば、家人は恐縮しきった口調で、勝手に用件を口にした。

「……わかった。すぐに行くと伝えておいてくれ」

それを聞いた途端、竜二は酷い息苦しさを覚えたが、片腕で顔を隠し、長い息を吐いた後、冷静な声音で家人に命じる。
その命に、家人は返事を返したなり、そそくさとその場を去る。
家人の足音を聞きながら、竜二は、節々が痛む体を起こし、寝間着の浴衣を脱いだ。
その間、何度か咳き込んだ彼は、それでも乱れなく着流しを着込み、部屋を出る。
部屋の外に出れば、夕闇が迫る庭に、しとしとと止む気配を見せずに、雨が降っていた。
そちらからすぐに視線を外した竜二は、客間へ赴くために縁側を歩く。
今の彼は、気管支を患っているため、呼吸するのが苦しく、歩を進めるたびに、息が上がる。
それでも歩みを止めず、客間の前まで来た彼は、立ち止まり、呼吸を整え、表情を引き締めた。
そして、障子を開く。

「!」

障子を開いたなり、煙草の匂いが、彼の鼻をかすめる。
部屋の中は、煙草の煙で白く霞んでおり、思わず竜二は口に手を当てそうになったが、なんとかそれを耐えた。
そんな彼に、先に客間で待っていた彼の叔母は、真っ赤な口紅を塗った唇を綻ばせ、魅惑的に微笑んだ。

「急にお邪魔してごめんなさいね、竜二さん。…誰にも聞かれたくはない話なの。だから、そこ、閉めて下さらない?」

西洋の血が入っていると思われる、日本人離れした美貌の彼女は、障子を閉めるように竜二に頼む。
竜二は、彼女の意図は別にあると気付いていたが、それに従い、障子を閉め、彼女の正面に腰を下ろした。
障子が閉され、逃げ場を失った煙草の煙が充満した部屋は、容赦なく、彼の肺と気管支を苛む。
気管がむず痒くて辛かったが、一度咳をしてしまえば、後はもう止められなくなってしまうことを知っている竜二は、懸命に咳をこらえる。

「また、臥せってらっしゃったの?お顔の色が悪いわね」

殊更、“また”を強調させた彼の叔母は、吸い口に口紅がついた煙草の吸殻が何本が捨てられた灰皿の溝に、まだ紫煙が立ち上る煙草を置いた。

「…今日は、どういった用件で来られたましたか?」

彼女の挑発に乗らずに、竜二がそう返せば、叔母は、唇を横に結ぶ。

「竜二さん、貴方、また私の魔魅流に変なことを教えたでしょう?…この間、本家から帰ってきたらあの子、気味の悪い紙人形を持ってたのよ」

すぐに捨てさせたわ、と冷たく言い捨てた叔母の言葉に、竜二は心当たりが無かった。
竜二は、叔母の息子である従弟の魔魅流とは懇意にしているが、ここ最近、彼に陰陽術を教えた覚えが無い。
それは、この叔母が、陰陽師の頂点に立つ花開院に嫁いだというのに、陰陽師を毛嫌いしているのを知っているからだ。
彼女の夫…竜二の父親の弟は、陰陽師として開花しなかったため、子供の時に、分家の家に養子に出され、陰陽師とは関係の無い職種に就いた。
そんなほぼ一般人と結婚した一般人の彼女に、陰陽師を受け入れろというのは、無理なことなのだ。
魔魅流は、竜二を含め、他の従兄たちよりも年が離れている上、当主候補者がすでに多数いるため、当主争いから完全に外れており、それがまた、叔母の陰陽師離れに拍車をかけていた。
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