魔魅流×竜二

渠鋳糾譚
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嵯峨野を思わせる見事な竹林は、初夏のぎらつく太陽の光をやわらげ、風が渡るたびに、葉が擦れ合い、涼しげな音をたてる。
花開院家は現当主で二十七代目になる旧家で、その長い歴史の中には、茶道を嗜む当主も存在しており、広大な本家の敷地の中に、露地を設けた本格的な茶室がある。
今ではめっきり使用頻度の落ちた茶室だが、床の間には常にその季節に合った花が生けられ、掛け軸も季節によって取り替えられていた。
白い鉄線の花が咲く茶室内に、竜二はいた。
茶室にいるからといって、茶を点てているわけではない。
まだ井草の香りが残る畳にうつぶせに寝転がり、自分で持ち込んだタオルケットを頭まで被りながら惰眠を貪っているのだ。
昨日は妖怪退治の仕事に夜更けに出掛け、屋敷に戻って来られたのは、日をまたいだ今日で、すでに空は白んでいた。
本来ならば、自室の方で休んでいたいのだが、ある理由があって、こちらへ逃れてきていた。
いくら寝ても、とろりと重い目蓋で数回瞬きをした後、竜二はまた眠りの世界に落ちようとする。
が、
ゴツッ!

「!」

何かが激しくぶつかった音が聞こえ、竜二は、びくり、と肩を震わせ、音が聞こえた方…にじり口の方へ顔を向けた。
そこには魔魅流が両手で自分の額を押さえている。

「痛い…」

あの音からして、相当激しくぶつけたのだろう。
その瞬間を竜二は見ていないが、思わず顔をしかめた。

「魔魅流…自分の図体のデカさを、しっかり把握しとけって、いつも言ってるだろうが」

にじり口は、竜二でも、頭を下げなければ入れない高さの入り口で、彼よりも更に背の高い魔魅流がそのまま入れるわけがないのだ。

「竜二が…見つかったから…」

今度こそ頭をぶつけずに茶室の中に入ることが出来た魔魅流は、そうぽつりと漏らす。
彼の返答に、探していた自分を見付け、魔魅流は周りが見えなくなってしまったのだと気付いた竜二は、それ以上非難することをやめた。

「本家に、人が集まってる」

痛みが治まってきたのか、魔魅流が手を退けた額は赤くなっているが、血は出ていない。
それを確認してから、竜二は再び寝転がり、知ってると気の無い様子で返した。

「…慶長の封印の奴らだろ?」

「けい…?」

竜二の問いに、魔魅流はそれはなんだと言わんばかりに首を傾げる。

「お前…」

魔魅流の様子に、竜二は瞠目するが、それ以上言葉を続けることをやめた。

「…とりあえず、今来てる奴らの顔ぐらいは覚えとけよ」

慶長の封印の説明をすべきかと一瞬竜二は迷うが、起き抜けにそういった話をするのは面倒臭く、ただそれだけを命じる。

「いずれ関わり合うことになるだろうからな」

いろんな意味でその日がこなければ良いと思わず願ってしまいながら、竜二は投げ遣り気味に告げた。

「竜二は、そいつら嫌い?」

不貞腐れたように目を閉じてしまった竜二の態度に、魔魅流はなんとなくだがそんな問いを口にする。

「……出来れば、関わりたくはない」

竜二の、慶長の封印に対する思いは、好き嫌いで簡単に選別出来るような単純なものではなく、しばらく悩んでから、目を閉じたまま零すように呟いた。

「何故?」

しつこく聞いてくる魔魅流に、竜二はうざったそうに目蓋を開け、彼を睨む。
そして魔魅流を真っすぐに見上げたまま、口を開いた。





「奴らは変人揃いだからだ」





◆◆◆◆◆


柔らかなタオル地のタオルケットから、ふさふさと毛並みのいい黒い耳と、それと同色の尻尾がはみ出ている。
それに少し触れれば、どちらもぴくぴくと小さく動いた。
可愛らしく動くそれに、いたく興味を刺激された魔魅流は、もう一度耳に触れる。

「んっ」

まるで虫でも払うような邪険な仕草で、タオルケットから出た手が、魔魅流の手を叩いた。
その後、タオルケットに隠れていた体が、もぞり、と動く。
しばらくもぞもぞ動いたと思えば、中から現われた手が、タオルケットを捲り、まだ完全には覚醒していない惚けたような顔の竜二が顔を覗かせた。
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