魔魅流×竜二

牛gき夢見し、君思ふ
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水面に、緋色の雫が落ちる。
それは静かだった水面に波紋を描かせ、中心から広がった波紋は、木桶の縁に当たる。
波紋が消えるのと同時に、水以外、何も入っていなかった木桶の中から、ぴちゃん、と音をたて、何かが跳ねた。
だが、生き物の姿は、どこにも見当たらない。
しかし、また、何かが跳ね、水の中を泳いでいる。
水面が波打ち、そして時には渦を作る。

「美味いか?」

変則的に動く水面を見つめながら竜二が問えば、肯定を示すかのように、また何かが、跳ねた。
自室の畳の上に置いた木桶の前に左膝を立てて座る彼は、その様子を実に楽しげに見つめている。
彼の側には、短刀が、部屋の照明を浴び、冷たい光を放っている。
ほんの数分前、その短刀で、己の腕の裏側に傷を付けた竜二は、まだ少し溢れてくる血を舐めようと舌を出す。
真横に引かれた浅い傷口に彼の舌が触れようとする寸前、黒革の手袋をはめた手が、彼の手首を掴み、強引に行き寄せた。
ぴちゃり、と傷口に赤い舌が這う。
その感覚に、ぞくり、と背筋に痺れを感じ取った竜二だったが、許可なく自分の腕を舐める男の伏せられた長い睫毛を、素知らぬ顔で見下ろす。

「おい、餌やりの邪魔だ」

おとなしくしていると言うから部屋に入れてやったというのに、堪え性の無い魔魅流に竜二は冷たい声を浴びせ、右手で魔魅流の額を掴み、乱暴に引き剥がす。

「だって…ズルイ」

魔魅流は悪怯れもせず、じっと竜二を見つめ、ぽつり、と呟いた。

「だって、じゃねーだろ?」

ガキかよ、と竜二は呆れた口調で彼の手から腕を引き抜く。

「お前には必要のないもんだろうが」

陰陽師が使役する式神の中には、術者の血液を餌とし、それを媒介に服従するものがいる。
だからといって、あまりに沢山の量を一度に投与させすぎると、式神が力を付けすぎ、扱いづらくなるため、緊急時以外は定期的に少量ずつ与えるのだ。
投与は指先からの方が楽だが、戦闘時において手指感覚を重要視している竜二は、指先を傷つけることは避け、今のように腕の裏側を自分で傷つけ、血液を得ている。
切れ味の良い刃を使用しているため、綺麗に切られた傷は2日もすれば元通りに治り、傷痕も残らない。

「それ、違う」

珍しく口答えしたと思えば、魔魅流は、再度、竜二の手首を掴む。

「竜二のものは、全部僕のもの」

次は逃がさないとでも言うように力を込めながら、魔魅流は、無機質めいた瞳で竜二を映し、迷いの無い声音で宣言した。

「……はぁ?」

思いのよらない魔魅流の宣言に、竜二の頭の中は真っ白になる。
言葉の意味がやっと理解できたところで、なぜ魔魅流なんかがそんなことを決め付けることが出来るのかがわからず、竜二は不覚にも間の抜けた声を出した。

「魔魅流、てめぇ、それはどういった了見だ?」

何、勝手なことをほざいているのだと、竜二は見る間に顔を険しくさせ、魔魅流の胸ぐらを掴む。
その問いに、魔魅流は答えない。
代わりに、表情の乏しい能面のような顔が、薄らと笑みを見せたように竜二には見えた。

「っ!」

そう思った瞬間、世界が反転する。
魔魅流に両腕を掴まれた竜二は、気付いた時には畳に押し倒されていた。

「何しやがる!」

両手首を一まとめにがっちり頭の上で押さえつけられた竜二は、激昂する。

「黙って」

魔魅流は片手で竜二の両手の自由を奪っているため、もう片方はあいており、その手で竜二の顎を掴み、己の唇で彼の唇を塞ぐ。

「ぅっ」

間髪入れずに、魔魅流は、彼の口内に舌をねじ込み、熱く濡れた内部を犯す。
竜二が噛み付かぬよう魔魅流が下顎を押さえ付けているため、閉じられない竜二の口の端から、二人分の唾液が溢れ、彼の顎を、首筋を伝う。

「は…っ」

それすら惜しむように、魔魅流は流れ出した竜二の唾液を舌で追った。
魔魅流の舌がたどり着いたのは竜二の首筋で、魔魅流はそこに顔を埋め、噛み付く。

「いっ」

首筋に魔魅流の歯が食い込み、竜二の顔が痛みに歪む。
その行動は、まるで西洋の、人の生き血を吸う妖怪を彷彿とさせた。

「魔魅…流…っ」

痛みに、思考が霞む。
ついに魔魅流の歯が、竜二の皮膚を破る。

「っー!」

焼け付くような痛みに竜二が目を見開いたと同時に、視界が真っ黒く塗り潰された。
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