魔魅流×竜二

猫と竜二
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茜色の空の上に、藍が侵蝕を始める宵の頃、簾を下ろした自室の前の縁側に円座を敷いて座る竜二の傍らには、曇りガラスの酒瓶と、小さなガラスのコップが乗った漆塗りの丸い盆が置かれてある。
彼の側には誰もおらず、竜二1人だけで、手酌で酒を飲んでいた。
ちびちびと舐めるように酒を飲んでいた竜二は、何気なしに庭へと視線を向ける。
そこには、いつの間にか一匹の猫がいた。
毛並みの美しい、白い猫だ。
しなやかな肢体で音も無く歩いてくる姿は、気品さえ漂っている。
縁側から見下ろせる限界の位置まで来たその猫は、前脚を綺麗に揃え、その場に座る。
金がかった瞳で、じっと竜二を見つめていた猫は、にゃあ、と一声鳴いた。
まったくもって物怖じしない様子の猫に、竜二は興味をひかれ、すくっとその場に立ち上がった。

「いいか?そこで待ってろよ」

この小さい獣が、人の言葉を理解するかはまったくもって不明だが、竜二は、猫を指差し、そんなことを命じる。
それに猫は、また、にゃあと鳴いた。
まるで返事でもするかのようなその鳴き声に、満足気に口の端を持ち上げた竜二は、縁側から立ち去る。
そして彼が向かった先は、厨(くりや)だった。
そこで夕飯の支度をしていた女中達は、いきなり入ってきた竜二に驚き、その中の年長者が彼のもとへ駆け寄ってきた。

「どうしはったんです?夕餉にはもう少し時間がありますけど」

女中の問いにすぐには答えず、厨の中を見渡した竜二は、彼女に視線を合わせる。

「ニボシがあったら、少しばかりわけてくれないか?なければ鰹節でもいいんだが…」

浴衣の袖と袖に手を入れながら、竜二は少し音量を落としててここに来た用件を口に出す。

「ニボシって、あのお出汁を取る?ありますけど、どないしはるんですか?」

えらく怪訝そうに聞いてくる女中に、竜二はちょっとな、と答えた後、それ以上は教える気はないと言わんばかりに口を閉ざす。

「…少し待っててください」

それ以上の追及は、竜二の機嫌を損ねると察したのか、女中は踵を返し、透明なビニール袋に少量のニボシを入れて戻ってくる。

「こんなけで足りますやろか?」

「ああ、十分だ。…悪かったな」

渡されたビニール袋を受け取った竜二は、作業を中断させたことを詫び、他の若い女中達の名残惜しげな視線に見送られながら厨を出た。
厨からニボシを貰って竜二が帰ってくれば、先程、庭にいた猫は、そのままの姿勢のまま竜二を待っていた。
また縁側に敷いた円座の上に胡坐をかいた竜二は、ちょいちょいと指で猫を呼ぶ。
猫はその合図に歩み寄ると軽やかに縁側に飛び乗った。

「ほら、食え」

手のひらの上にニボシを乗せて竜二が差し出せば、猫はそこに顔を寄せ、ひくひくと鼻をひくつかせてから、一匹を口にする。
その後は警戒をした様子もなく、猫は竜二の手のひらの上のニボシをすべて平らげた。
ニボシを平らげた後も竜二に興味を示し、彼の足に前脚をかけ、背中を伸ばし彼を見上げてくる。
竜二はそんな猫の柔らかな喉を撫で、指でくすぐった。
それに猫は気持ち良さそうな顔で喉を鳴らし、竜二の手に甘えるように顔を擦り付ける。
いたく竜二を気に入ったのか、猫は竜二の膝の上に乗り、今度はお返しとばかりに彼の首筋を舐めてきた。
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