魔魅流×竜二

虚s夜城
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製造されてから、随分と歳月が経ったのか、所々傷つき、鈍い光を放つ金の懐中時計を懐から取り出した竜二は、ぼんやりと薄暗い街灯の下、現在の時刻を確認する。
つい先程まで、西の空に初夏の太陽が図太く居座っていたが、その姿が見えなくなった今では、辺りは闇に沈んでいる。
時刻は、夜、と呼べる時間帯だが、まだ夜が始まったばかりで、今からタクシーに飛び乗り駅に向かえば、京都行きの最終の新幹線には間に合うだろう。
京都までの所要時間は、2時間と少し。
今日中には自宅へ戻れるだろうことを懐中時計から読み取った竜二は、ぱちん、と音をたてて懐中時計を閉じ、自分の傍らに直立不動のまま立っている従弟を見上げた。

「今から急げば京都に帰れなくもないが…魔魅流、お前は、どうしたい?」

自分の意思を確認するような竜二の問いに、まるで傀儡(くぐつ)のように感情の乏しい表情のまま、魔魅流は彼を見下ろし、そして長い睫毛に縁取られた瞳に彼の姿を映した。

「もっと…竜二と一緒にいたい」

言葉数は少ないが、その声音は甘く感じられ、竜二は、軽く口の端を持ち上げる。

「なら、泊まる所を探さないとな」

懐中時計を元に戻した竜二は、待ってろ、と手で示し、魔魅流から少し離れた。
ほんの数メートル距離を取ったところで竜二は、シンプルなデザインの黒い携帯電話を取り出す。
しばらく液晶画面の青白い光に照らされながら、手甲をはめた手で携帯電話を操作していた彼は、開いた状態のそれを右耳にあてがった。
呼び出し音が2、3回繰り返されたところで電話が繋がり、竜二は魔魅流の視線を背中に受けながら話し始める。

「今、東京に来てるんだが、泊まる所を探しててな…。…は?アンタの所?それは無理だ、連れがいるんでな」

東京にいると聞いた通話相手の嬉々とした声に、うざったそうに眉間に皺を寄せた竜二だったが、その話し声は、いつもより愛想が良い。

「2人なんだ。だから、泊まる部屋のタイプは、ダブルベットで…って言ったら、アンタ怒るだろう?冗談だ、ツインでいい」

珍しく笑い声まで交えながら会話している竜二を見ていた魔魅流は、不意に足音を消して彼の背後に近づく。

「!」

突然、後ろから自分の背丈以上ある体に抱き締められ、竜二は一瞬、息を飲むが、肩越しに彼を見上げ、邪魔するなと目線で告げつつ、魔魅流が拗ねないように左手で彼の腕を撫でておく。
そう冷静に対応してはいるが、もう少し会話の聞こえないところまで距離を取れば良かったな、と内心で舌打ちする。
電話の相手は、竜二のパトロンの一人だった。
花開院家は、無償で妖怪退治をするボランティア団体ではない。
いわば妖怪退治はビジネスなのだ。
依頼主は多岐に渡り、竜二や魔魅流クラスの陰陽師になれば、財政界の大物からの依頼を受ける機会が増える。
竜二は、その時の接触を無駄にはせず、依頼の後も依頼主と会い、プライベートの関係まで関係を発展させ、彼らの財力と人脈を大いに利用した。
かといって竜二は、彼らに媚びへつらっているわけではない。
常日頃、顎で人を使う立場の彼らにとって、竜二の横柄な態度が悦いらしく、金と暇を持て余しているためか、竜二がその横暴さを発揮して何か物を頼んでも、喜んでそれを聞き入れ、従った。
逆に彼らが竜二に何かを強要してくることはあまりなく、この一年以内にあったことといえば、契約がすべて為された状態で送られてきたこの携帯電話を持ち歩くように言われたくらいだ。
それも、定期的に連絡を寄越せと言ってきたわけでも、必ず自分の着信に出ろと言ってきたわけでもない。
携帯電話には、その男以外のパトロン達のアドレスも登録させてみたが、それを見た時も文句の一つもない。
自分と繋がる可能性が少しでもあると思うだけで満足なのだと携帯の送り主が言っていたのを思い出すが、竜二には理解しがたい話だった。
そもそも携帯電話自体、竜二の興味の対象外なのだ。
こういった時に便利だとは思うが、ただそれだけだ。もっぱら、竜二がかける専用であり、何度も着信があっても電話に出ないときもある。
この携帯電話には、メール機能もインターネット機能もついているらしいが、竜二は、いまだに一度も使ったことがなかった。
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