雅次×竜二

宣誓
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“本家の男子は必ず早世する”
その噂を、少年はもう幾度となく聞いていた。
以前、父親に見せてもらっていた家系図を見ても、その噂の信憑性は明らかであり、実際に、雅次の友であり、あの池のそばにいる少年の兄は、一年ほど前に、この世を去っていた。
それは、本家の男子は、狐に呪われているからだと、雅次の父は、懇々と彼に語った。
そして父は、家系図に載るだけでも奇跡なのだとも言っていた。
家系図に載るのは、無事に誕生し、名を与えられた者、のみ。
流産、あるいは死産の場合は、家系図には載らないのである。
病院からの帰りのタクシーの中、雅次の母親は、冷えきった手で、彼の手を握り、これは内緒の話のなのだけど…と、前置きして、あの女性が、もう何度も流産していることを雅次に教えた。
そして、『だから…彼女を責めないであげて…』と、母親は哀願したのだ。
彼女もまた、被害者なのだと、そう母親は自分に伝えたかったのだと悟った雅次は、その言葉に、ただうなずいた。
独身の、しかもまだ成人もしていない雅次に、我が子に先立たれる悲しみなど理解できようも無かったが、大事に思っていた人の死に対する胸の痛みを、彼はすでに経験済みだったため、彼女の苦悩を、おそらく僅かだろうが、察することはできた。
大事に、大切に思えば思うほど、失った時の悲しみは深い。
悲しみに、心が壊れてしまうこともあるだろう。
だから彼女は、自分の心を守るために、自分の息子を愛することを止めたのだ。
愛さなければ、失った時の悲しみは少なくて済む。
それは、正しいことなのだろうと雅次は思ってしまったが、どうしても、やりきれなさが残る。
彼女を、哀れむ気持ちはある。
可哀想な人だ。
幸せになればいいとも思う。
しかし、それでは竜二はどうなる?
その問いを、誰にもぶつけることが出来ずに、雅次は此処に来ていた。
竜二もまた、彼の兄たちのように、早生するかもしれない。
だが、彼は、今、生きているのだ。
その事実に直面した時、雅次の足は、自然と竜二の方へ歩き出していた。

「雅次…さん…」

急に人の気配を感じ、驚いたのか、竜二は、勢い良く雅次を振り返り、そしてまた驚く。
雅次は、彼の兄の友人というだけで、竜二本人とはそれほど懇意にしていなかったため、竜二の戸惑いは当然で、雅次は、彼を不安にさせないように、柔らかく微笑む。

「修行、してたのかい?」

雅次が上体を傾けて竜二と目線を合わせ、穏やかに問えば、竜二は、首を上下にさせてうなずく。

「雅次さんは…」

そう言い掛けた竜二は、はっとなって雅次を見た。

「病院の臭いがする」

竜二が呟いた言葉に、ああ、と雅次はうなずく。

「君の妹を、見に行かせてもらったんだ。」

そう雅次が口にすれば、竜二の顔が、ぱっと輝いた。

「どうだった?」

嬉々として尋ねてくる竜二に、雅次は、もしかしたら、彼はまだ合わせてもらえていないのだろうかと思いながらも、笑顔で、可愛かったよ、と答える。

「それに、瞳の色が、竜二と一緒で、それがとても印象的だった」

雅次の話を聞いて、竜二は、嬉しそうな、けれども困ったような複雑な表情になる。

「どうした?」

それに気付いた雅次が、そう問えば、竜二は、口籠もる。

「似てない方が良かった」

そして続けられた言葉の理由がわからず、雅次は、何故とまた問うた。

「思い出す…から」

それに竜二が答えた理由の前に、『自分が死んだら』という言葉が隠れているのだと気付いた雅次は、言葉を無くした。
返す言葉が見つからず、雅次が黙っていれば、竜二は、彼の制服の袖を引っ張る。

「…あの人は…?その…元気だったか?」

雅次は一瞬、竜二が誰のことを聞いているのかわからなかったが、すぐに、彼の母親のことを聞いているのだと気付いた。

「あ…ああ…元気にしてたよ」

そう気付いたなり、先程の出来事がフラッシュバックし、雅次の背中を、嫌な汗が伝い落ちたが、彼はそれを悟らせまいと必死に笑顔を作る。

「そっか…良かった」

それを聞いた竜二は、心からの安堵の言葉と共に、嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みは、眩しい程に明るく、彼は、母親を恨んでいないのだと知った雅次は、もう笑顔ではいられなかった。
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