Normal Love
□A parting kiss
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《A parting kiss》
「ポポ、奥に空いてる部屋あるか?ちょっと二人になりてぇんだ」
あまりに無残な真実に気を失った妻を悟空はゆっくりと抱き上げた
壊れ物を扱うように、そっと
「ああ、あるぞ。この先を曲がって、つきあたりの部屋」
「サンキュ。おっちゃん、チチの事は後はオラに任せてくれ」
娘を心配しておろおろと動き回る牛魔王に大丈夫だ、と小さく笑いかけると悟空は腕の中の妻に視線を落した
一瞬だけスッと目を細めた後、またすぐ前を向いて長い廊下を歩き始めた
「ん……」
「気がついたか?」
目覚めと共にぼんやりとチチの視界に入ってきたのは見紛うはずもない、優しい夫の笑みだった
どうして彼が目の前にいるのだろう
死んだはずなのに。夢を見ているのだろうか。夢の中では何度も逢ってきた
意識がはっきりとするにつれて、今日という日は天下一武道会のため夫が一日だけ生還した非日常だということをチチは思い出した
そして自分が気を失っていた理由も
悟飯が魔人ブウに殺された
りっぱに育ち、いつも傍らで笑っていた愛息子が突然逝ってしまった。チチの心を悲しみにかきくらす理由はその事実だけで十分だった
「悟飯、ちゃん。うっ…ふ…!!」
ぶわっと溢れた涙が視界を歪ませる。いつだって自分の知らない所で世界は動き、運命は残酷に変化した。チチはこれまでにも大切なものを無償で奪われ続けてきた。そして今回も
悔しくて、哀しかった
「チチ、すまねえ。悟飯の事は……半分はオラのせいでもあるんだ」
そう言って横たわるチチの華奢な体を逞しい腕で抱き起こし、ポスリと胸の中に収めた悟空に彼女は何も言う事はできなかった
昔なら発狂して殺さんばかりの勢いで責め立てたろうに
年月は彼女の中に夫に対する僅かな諦めと理解をもたらし、穏やかな性格へと変貌させていた
今はただ、悟空の肩に顔を埋めて咽び泣くしかなかった。山吹色の胴着にできた涙のしみは広がるばかり
「泣くなよ、チチ。泣くなって」
「〜〜〜っ、ひっ ……くっうぅ」
「つれえのは分かる。でもオラは……オラはオメエの笑った顔が見てえんだ。そんなふうに苦しんで泣いてる顔が見たくて下界に戻ったわけじゃねえ」
「よ、く言うべ。……ひっく……い、今まで散々、泣かせておいて……!!」
「……すまねえ」
どんなになだめても一向に泣き止まないチチを、表情を曇らせた悟空は一層力強く抱きしめた
「泣かねえでくれ。頼む。もうオラには時間がねえんだ。最後はオメエの笑顔が見てえ」
「うぅ〜っ、ひっく、ひっ」
息子を失い、その上夫までもうすぐ目の前から消えてしまう。今度こそ永遠のさよなら
悟空のどんな言葉も真っ直ぐに受け止める事ができず、その残酷な事実だけが頭の中を反芻し彼女の冷静は思考は完全に閉ざされた
「うっ、う、うわぁぁああ〜ん!!!」
「チチ」
彼女の悲鳴のような慟哭に対して、至極落ち着いた表情の悟空は彼女の体を再びそっと寝台に寝かせた
「チチ」
「ひっく、……えっ?……んんっ」
素早い動作で覆いかぶさると、唇をふさがれた。涙で赤く潤んだ瞳を瞬かせて、驚きに目を見開く
「ん、んぅっ!」
甘く優しい絡みつくような口づけは夜毎求めて止まなかった7年ぶりの感触を呼び覚まし、チチの頭を朦朧とさせた