白詩

□薄
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ざぶん

という音に振りむくと
あの人は池の中にいた



…どうしてそうなるのかね

思わず溜め息が出る





ひるまは相変わらず暑いから
庭にある池で納涼でもと
手桶に掬った水さえ怖がって
涙ながらに暴れて
じき 大人しくなって
水面に手をつけて遊びだして

そこまではみてたんだが
俺だって余所見くらいするよ


(水中 白くゆれる煙の袖)


俺は慌てて引き上げる
この美人はずぶ濡れで
ひとしきり咳きこむと
叫ぶみたいにして泣いた

あぁ あぁ
泣くなよ なぁ
怖かったよな
吃驚したよな
俺も吃驚したんだから

って云って頭撫でたって
まるで誰もいないかのような
いつもどおりのこの無反応

誰か、
この甲斐甲斐しい俺を
慰めてくれよ





着替えて暖をとって
落ち着いた頃には
もう陽が紅れていた

蜩の声も
人の帰る音も
朱に染まって
風も凪いだ

冷たい肩
さすっていると
なんとなく伝わる
なんとなく不機嫌

そんな気色さえ
愛しくて堪らないと

ふと おもってしまう

ここに気持ちは無いのに
誰でも信じて
誰にも委ねる
しかできないこの人は
欲情した俺が襲ってしまえば
ひとたまりもない赤頭巾

なのだと


(月下 白くうごく細い腕)


善からぬ妄想は
それだけで終わらなかった

両手をとって
体重をかける
肩に手をあてて
ゆっくり倒すも
身じろぎ一つしない
拒絶も甘受もない
細い体躯
甘い匂い
湿った髪が艶っぽく
その闇色に指を絡める

開いた胸元はひんやりと白く
ばかなまねもできないばかは
そのセラミックスの胸に

…兎の心音を聴いた



裏腹 無表情で
こちらを見ている

「ご免、なにもしない」

云うのが精一杯
開けた胸を元通りにし
乱れた髪を櫛で梳いた

その間中
汗が止まらなかった
両の手が震えていた

きらわないで!
拒絶しないで!
俺の居場所は
此処しかないのに
俺の仕合わせは
今にしかないのに





いつの間にか
月が出ていたようだ
飾った薄に掛かるまそほ

そういえば今夜は十五夜か
団子作ってなかったな

思い出して 呟く


(水中月下 狼の門)



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