白詩

□金魚草
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縁側からは初夏の庭が一望できる

春 萌黄色だった若葉は
深緑の葉に漆黒の影を落とし
にゅうどう雲を浮かべた
淡い空色の池のおもてに
雄々しくゆれた
大きな飛び石は点々々々と
入り口の門までつづく

飴玉みたいな鶺鴒の足跡も
そろそろ干涸びた頃だった






あいつが来た

黒い外套に白いシャツ
西洋かぶれの愛煙家

俺にはまったく目も呉れず
同じ縁に座る美人のもとへ

まっすぐ

まっすぐ

まっすぐ

まっすぐ

向かい合うと 微笑んで
馴れ馴れしく呼び捨てにして
会いたかったとか
最近はどうかとか



いらいらするな、
手持ち無沙汰で隣を見てると
白くきれいな肌 切れ長の目
そこに乗るほそ長い睫毛なんかが
二人とも とてもよく似ていて
兄弟かなにかだろうか
仲良かったのだろうか
と 俺の知らない時間に
ますます腹が立っちまう

あんたが あんたら家族が
このだだっ広い平屋を捨てて
これほどの美しい人も捨てて
出ていったのだろうに

親切なご近所さんが
こっそり教えてくれた


いまさら来るなよ なぁ

この人が死んだかどうか
みに来たのか?
或いはまだ未練があって
逢いに来たのか?



無意識のうちに 俺はこの男を
睨めつけていたらしい

君にしつこく付き纏ふ
この学の低さうな男が
帰れと云ってゐるやうだ

そう毒を吐いて帰っていった



ああ うるさい
うるさい うるさい

お前に云われなくたって
付き纏ってることは自覚してるよ
しつこいってことも自覚してるよ

ただ
何していいかわからないんだよ
一歩踏み込めば壊れてしまう
まるで硝子 の人、
その硝子細工のような人に
ほんの僅かでも近づきたくて
そうっと そうっと
付き纏っているんだよ








あいつが帰ったあとの庭に
根元から折れてしまった
金魚草がひとつ

今朝 俺が指差して


咲いたよ きれいだね
あなたの服にぴったりだ


って笑ったやつ



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