□結局俺は甘い
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「…は、誕生日?」

あまりにも突然の事すぎて、何が何だか分からない。


誕生日って、…桃先輩が?







今日が部活の整備担当でいつもより遅くなった俺は、堀尾達と一緒にコートへと残って、整備をしていた。
桃先輩は先に行っていて、俺もそれがやっと終わって帰れるところだった。
部室に帰って来た時には、もう既に桃先輩はいなくって、今は菊丸先輩に絡まれているような形になっていた。
…つか、俺よく絡まれるな。

「おチビ、もしかして知らなかったの?」
「…知らないも何も」

そういう話、桃先輩とした事なんかなかったし…。

「何だ、知らなかったのかー。おチビ達、仲良いから知ってるのかと思ってたにゃ」
「…………」

(仲良い、か)

『仲良いどころじゃなくって、付き合ってるんスけど』
…何て、いえるはずもなくて、軽い溜め息を吐いた後、着替えながら菊丸先輩を見上げた。

「…菊丸先輩は何かあげたんスか?」
「お、よく聞いてくれたにゃ!俺は不二と二人で、桃の好きなアイドルの子たちのアルバム、プレゼントしたんだよ〜」
「……そっスか」

(そうだよね、そりゃあげるよね)

この時期、暑くも感じる夏制服に袖を通し、普段の教科書が無い分軽いラケットケースを肩に背負った。
…暑さのせいだか何だか知らないけど、イライラする。

「じゃあ、…俺、帰るんで」
「桃への誕生日プレゼント、考えておけよ〜?」
「……」

軽く頭を下げると、部室を後にする。
それは出来ない約束だから、と返事だけは返さなかった。

…大体、普通付き合ってるやつには教えるよね?
明日は俺の誕生日だ、って。
俺自身、誕生日に恋人がいた事なんてないから、よく分からないけど
…ちょっとは祝って欲しい、とか思うもんなんじゃないの?
一番に祝って欲しい、とかそういうのがあるんじゃないの?

…桃先輩は違うんだろうか…。

先輩の誕生日が今日だと知った今、何かを用意したいのはヤマヤマなのだが。
(…恋人とかそういうの無しに、いつもお世話になってるし)
でも、もうすぐで月が変わるという手前、お小遣いは底をつきそうだし…。

それだけしか残っていないのに、今から店に行って、先輩が喜びそうなプレゼントを買える自信は、全くと言って良い程、なかった。



「…何が良いんだろうな」

「?何がだよ、越前」

2年の自転車置き場で待っていると、いきなり声がしたと同時に、後ろからきた、ヒヤッとする感覚に飛び上がりそうになった。

「…あ、」

そのまま頭だけ後ろに反らして振り返れば、今俺を悩ませているアンタがいた。

「……遅い、先輩」
「遅いはねーだろ、ほらよ。これで良いだろ?」
「…ども」

後ろから頬に当てられた冷たすぎるファンタを受け取る。



……ほんと、冷たい。



一つ溜息を吐くと、自転車の後ろへと跨る。

坂道を勢いで下っていくと、汗が乾いて、凄く冷えた気分になった。
ああ、もう今日は本当に冷たい事ばっかりだ。

そんな事を考えているうちにも、先輩は、次々と話題を口にしていた。
俺が話さなくても話題が途切れることがない。
それが心地良いといえば、それで終わりなのだが…。

肝心な話は一向に出てくる気配はない。

俺を試してんの?
それとも避けてるの?

そこまで考えてしまうほど、それは見事に。

…もしかして、桃先輩は
俺に…別に祝ってほしくなんかないんだろうか。

そう、思うと……


「ムカついてきた…」
「は?」
「桃先輩、」
「何だよ?」

後ろを振り返る桃先輩に、俺は一言だけ「ここで待ってて」と伝えた。

「…はぁ?!どういう意味だよそれ。えちぜ…」

桃先輩の言葉を最後まで聞き終わらないうちに、俺は自転車を飛び降りて、下へと続いている土手を駆けていった。


「越前、どこ行くんだよ!」」

上の方から桃先輩の叫ぶ声が聞こえる。

「降りてきてよ、桃先輩」

大きな声を出して応えれば、桃先輩は坂の勢いを借りて、自転車で下ってきた。
適当なところに自転車を置いて、桃先輩は俺の所まで広がっている向日葵をかき分けながら進んできた。
俺が来たのは回り一面向日葵が咲いている、向日葵畑。
多分、街のボランティアだか何だか知らないけど、そういうもので植えられた場所だって、偶然乾先輩から聞いていた。人の私有地ではないらしい。


「越前、ついてる」
俺のところに来た途端、笑いながら桃先輩が俺の髪に触れてくるから、思わず心臓が跳ねた。

…ああ、もう。
調子狂う。


「おい、それ勝手にとっちゃまずいだろ…!」

俺はその中から特に綺麗に咲いている向日葵を1本だけポキッと折って、桃先輩の目の前に突き出した。


「…ん」
「……は」

目を見開いた桃先輩が、向日葵と俺を交互に見ていた。

「あげる」
「越前、これ…」
「あげる」
「何でひまわ…」
「アンタに似てるから」

何を言われても、上手く言える自信がなかったから、最後の質問以外は、あげる、の一点張り。

「…あのさ、今日…誕生日、なんでしょ?アンタ。菊丸先輩に聞いた」
「あ…」

「happy birthday、桃先輩」

そう言って微笑んでみた。
みた…っていうより、これは自然に。
桃先輩の事考えてたらそうなった。
こういう改めて言うのは、急に恥ずかしくなってきて、すぐに下を向いたけど。




…つか、早く受け取ってよ。

段々と、突き出している左手が虚しくなってきた。
どうしよう。
何せそこら辺に咲いていた向日葵だし、受け取ってもらえなかったら。



こうやって突き出したのはいいけど…


一向に受け取ってもらえないことに不安になって、顔をあげた瞬間、桃先輩にくるっと後ろを振り向かされて抱きしめられた。

…こういう抱きしめられかた、初めてなんだけど。

「ありがとな、越前」
「………っどーいたしまして…」

桃先輩は、これを見透かして後ろ向きにしてくれたのだろうか。
顔が熱くて仕方が無い。

あ、熱いのは桃先輩も一緒かな…
でも、不思議と暑苦しいとかそういうのは思わなくって。

俺たちは、暫く向日葵畑でそうしていた。




「ねえ、桃先輩。何で今日が誕生日だって教えてくれなかったわけ?」
「……言ってなかったっけ?」

そうおどける先輩に本気で腹が立って、後ろから背中に一発殴った。

「んなこと、知らないっスよ…」
「わりぃわりぃ」
「笑って済む問題じゃない。俺、一番初めに祝いたかったのに…」

何か女々しいな…とか思っても、そう思ってしまうものは仕方ない。
桃先輩も相変わらず笑ってるし…

「本当にごめんな?俺さ、お前といるの今年が初めてじゃない気がしてよ、てっきり知ってるもんかと思ってたんだよ。何て言うの?熟年夫婦感覚?」

そう、おどけて笑う先輩に、今度はわき腹へもう一発食らわした。

「その割には全然祝ってほしそうじゃなかったよね」
「…俺、あれでも拗ねてたんだぜ?」
「は…」
「越前が祝ってくんねーなー…とか思ってさ。それでもいつ切り出してくれんのか期待してたけど」

そう言って今度は苦笑してたけど、流石に殴る気力も無かった。

………最悪。
こんな馬鹿のために、俺悩んでたわけ?

「なんだろうな、お前に安心しきってて、ずっと一緒にいる感覚だったんだろうな」
「……桃先輩、しょーもないっス」
「悪ぃって。ほら、これ大切にすっから」

そう言って、向日葵を大切そうにちらつかせる桃先輩を見たら、何か…全部許せてきた。

仕方ないね。
俺が好きになった人はこういう人だったんだし。

…つくづくアンタに甘いよね、俺



きっと、これから何年も経って、俺の隣に桃先輩がいるならば


どういう関係であれ、俺は一生桃先輩には甘いままなんだろうな…


なんて考えたら悔しくて、とりあえずもう一発殴っておいた。





―――



後書き。


桃城、誕生日おめでとう!


向日葵を渡したリョーマの心境として、下のようなものがあったんですが、




向日葵って、桃先輩みたいじゃないっスか?
太陽みたいだ…とか、そういうのもあながち嘘じゃないんだけど…そうじゃなくって。

アンタのテニス見てると、そう思えてくるんだよね。

部長に試合を挑んだように、
太陽の方を向いて、一生懸命伸びようとするアンタなんか、本当に向日葵そっくり。

だから、俺は常に太陽でありたいんだよね。
そりゃ、太陽なんて言う柄じゃないけどさ…
どっちかって言うと、それも桃先輩にピッタリだけどさ。

部長ばっかり見てないで、テニスでも俺を見ていてよ。


アンタが見失わないように、俺が導いてあげるよ。


今日だけとは言わずに、ずっとね




…みたいな意図も入っていたので、どこかに織り交ぜようとしたのですが…
何だ、この男前なリョーマさん←
という事で、やめました。←

というか、後半部分を桃に言わせるかで、あまりにも少女漫画的な展開になってしまう可能性が大でしたので(もうなりかけてる気がする)

ちなみに、お気付きだと思いますが、冷たいというのはジュースと体温と桃城をかけてみました(市松の文才の無さに拍手)
後、桃城が何で向日葵か詳しく聞かなかったのかは、あやつは曲者です。
一言で全部悟りました(Σうちの桃城さん、こえええ!)

とりあえず桃城を祝う気持ちだけはウソじゃないです
(何がウソだったんだ)

桃ちゃん、誕生日おめでとう!^^

お持ち帰りをしてくださる方で携帯の方はしたからどうぞ。


7月中フリーでした。

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