姫子先輩のお気に入り
□佐伯編
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「……ん?」
早く帰って店でも手伝おうと昇降口に向かって階段を降りていたら、踊り場から飛び出して来た黒い影がこっちに向かって階段を駆け上がって来た。
しかもそいつは後ろばっかり見ていて、全く俺の存在に気付いてない。
「ちょっ!オイッ!」
「――えっ!?」
俺の声に相手も気付いてスピードを緩めようとしたみたいだけど、時、既に遅し。
勢いを殺し切れていないそいつは、思い切り俺にぶつかった。
ドスンッ!と重い衝撃を胸元に喰らって、一瞬息が詰まる。
そしてその反動でバランスを崩した男の身体が、俺の目の前でスローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れて行った。
このままじゃ頭から落ちるっ!
そう思った俺は、何かを掴もうと伸ばされたそいつの腕を、態勢を崩しはしたものの、両足を踏ん張って自分の方に引き寄せた。
思いの外軽い体重に驚きながらも、俺は二人して階段から転げ落ちないように男を抱き込むと、そのまま後ろに倒れる。
そんでもって俺は、倒れた拍子に階段の角で腰をしたたか打ち付けてしまった。
「――ッ!!痛ってーっ!」
「ごめんなさいっ!さっ、佐伯くん、大丈夫だか!?」
大丈夫、だか?
この言葉遣いっつーか、訛りはひょっとして。
ガバリと俺の上から身体を起こした男の顔を見上げると……思った通り、古森だった。
「大丈夫だか?じゃないだろっ!何やってんだ、この馬鹿っ!」
「ご、ごめんなさい。オ、僕、慌ててて……」
「だからって、前くらい見ろ!お前、危うく真っ逆さまに頭から落ちる所だったんだぞっ!?」
「…………えっ?」
その言葉に古森の漆黒の瞳が大きく見開いて、じっと俺を見る。
「な、何だよ」
「佐伯くんは……オラの心配をしてくれるだか?」
「だったら、何?」
普通、階段の途中でぶつかったりしたら上段にいる奴より、下段にいる奴の方が遥かに危険だろ。
第一俺は、こんな風にぶつかってこられとしても、落っこちたりするようなドジはしないんだ。
……腰は打っちゃったけどな。
「……あ、ありがとう」
伏せ目がちに視線を外して、そう小さく呟く古森の頬が微かに赤く色付いた。
同じ男なのに、こいつの肌の生っ白さときめ細やかさは一体何なんだっ!?
一瞬とはいえ、同じ野郎にドキッとしてしまった自分に心の中で毒吐く。
「コ、コホンッ!……で、お前さ。いつまで、俺に乗っかってるつもりなんだよ」
「えっ?う、うわぁっ!オ、オラってばっ!ごめんなさい、重かったべ!?」
いや、全然。
多分こいつは、俺ら高校生の平均身長や体重を満たしてない。
この位なら、そこいらの女子達の方が重いって言おうと思ったけど止めた。
古森にだって、男のプライドはあるだろうしな。
「……何でお前は、あんなに慌ててたんだ?」
「あっ、ああぁあーーっ!忘れてただっ!オ、オラ、逃げなくちゃなんね――っ!?」
その時古森の右肩にポンと白い手が軽く触れて、古森はハッと息を呑む。
ゆっくりと背後を振り返る古森につられて、俺もその視線を追った。