短編

□てのひら
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5月にもなると6時でも空は明るく、夏が近いことを知る。
昼間の陽射しも徐々に強まるが夕方はまだ肌寒い日が多い。

はぁ、と溜め息とともに昇降口を出ると、意外と冷たい外気が手を撫ぜた。
思ったよりも寒い夕方。ベストじゃなくて学ランにすればよかった、と僕は舌打ちをした。

「…寒い」

ぽつりと声に出してみると、いつだかの記憶が思い出される。

『…寒い』
『そんな薄着だからだろー?』
『うるさいな』
『ったく…そうだ、恭弥!』
『何?』
『ん!』
『…何その手』
『手、繋いだら暖かくなるだろ?』
『……』
『いいから、ほら!』
『!!』

確かあれは冬のことだったけど。勝手に僕の右手を握ったタトゥーの入った大きな左手。

恥ずかしかった。誰かが見てたらどうしようって思った。それでも僕は、温かい左手をぎゅっと握っていた。

「…寒い」

今は、小さな僕の冷たい手があるだけ。
余計に寒くなってポケットに手を入れると鳴らない携帯にぶつかった。
握り締めてもそれが鳴る気配はなくて、体温で温まった妙な温度が手に伝わる。

まだ明るいと思っても、夕暮れが夜空に変わるのは早い。
どんどん暗くなる空に僕の思考も落ちていく。

なんで電話してくれないの。メールだって待ってたのに。
誕生日、祝ってくれるって言ったじゃないか。もう明日なんだよ。
それとも忘れた?それとも、キライになった?
ねぇ、なんで…まだこんなに寒いのに。
こんなことなら電話でも何でもすればよかった。
はやく、はやく、ねぇ、


手を繋いでよ、ディーノ
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