短編
□麦穂の波
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「……もう、行くの」
「……あぁ」
麦穂の波
秋の風が吹いている。
日本のようにはっきりとした四季のある国ではないけれど、麦の穂が輝くこの季節を僕は秋と呼ぶ。
ザァザァと音を立てて波打つ金色の麦畑は、これから戦場へ向かうあの人の背景に相応しかった。
「大丈夫、ここの村の人は優しいだろ?」
確かにこの村の住人は外国人である僕を差別することなく接してくれる。
「それに都や戦場からも遠いから、被害が及ぶことはねぇよ」
そう言って彼は僕の髪をくしゃりと撫でた。
彼は暗くならないように無理矢理明るく話そうとする。
でも僕は何も言えず、下を向いたまま彼の話を聞いた。
そういえば、彼から戦場に行くと聞かされたときも僕は俯いたままだった。
薄々感じていた。それでも聞きたくない言葉というものはある。
「…恭弥……」
何も、言えなかった。
零れそうな涙を堪えて唇を噛み締める。
そうでもしなければ『行かないで』と泣き縋ってしまいそうだったから。
「……じゃあ、行ってくる」
彼は俯いたままの僕の前髪を掻きあげて額にキスを落とした。
そして駅に向かって、麦畑の間の小道を通っていく。
「……え……きて……」
ぽつり、独り言のように呟いた言葉はザァという秋風の音に消された。
だから今度は、あの人まで届くように叫ぶ。
「……ディーノ…必ず……帰ってきて……っ!!」
顔を上げた僕が見たものは、涙で滲んだ視界の中ザァザァと輝く金色の波と、それに負けないくらい輝く金色の彼。
そして彼は優しく微笑んで、僕に叫び返す。
「……必ず帰ってくるよ…恭弥、愛してる…!!」
Fin