ギフト
□針様より(沖妙小説)
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妙が机の上の帳簿とにらめっこを始めてから、もうかれこれ一時間が経過していた。つまりその間沖田はほうっておかれているわけで、それはまあ気に入らない。いい加減、こっちを向いてくだせェよ。
「……姐さん」
「おかしいわ。どうしても計算が合わないのよ。何で足りないのかしら…」
首をひねる妙に声をかけても軽く流されてしまう。どうやら帳簿と手元の金額が違うらしいが、志村家の財布事情など知らぬ沖田にはどうでもいい話だ。それよりも返ってこない返事の方が気になる。むっとするより少し寂しい。
「姐さーん」
「沖田さん、うるさいわ」
真剣に悩む少女は物言いも辛らつだ。かりかりと鉛筆が紙をすべる音がむなしく響く。
けれどそこでおとなしく身を引いていたらドSの名がすたる。変に闘争心を煽られた沖田は、妙の隣で寝転びながら着物の裾を引いた。
「ねーえーさーん」
「………」
相手をすれば余計につけ上がると思ったのか、少女は無言で首をかしげた。賢明な判断だが、それぐらいで諦めるほど沖田はぬるい性格ではない。シカトとはいい度胸じゃねェかィ。
「……沖田さん」
「暇なんでさァ」
「どいてちょうだい」
「イヤでィ」
「あのね、」
「かまってくだせェ」
膝の上に頭をのせてごねてみる。すぐに落とそうとする少女の腰に腕を回し、がっちり掴んで離さない。さすがに力では敵わないと思ったらしい妙は、諦めたように息を吐いた。
「一体いくつですか、あなたは」
「姐さんと同じ十八歳のようですぜ」
「とても同い年には見えませんね」
「あ、そんなこと言っていいんですかィ?」
「きゃ!や、ちょっ、」
つう、と手を滑らせれば慌てた声を上げる。頬を紅潮させて見下ろす妙につい嗜虐心がくすぐられる。顔を抑える手に唇を寄せて舐め取ると、ぴくりと反応する様が可愛いらしい。
「ちょっ、もう、ほんとに困ってるのよ?」
けれど眉を下げた彼女の顔はなんだか泣き出してしまいそうで、いじめたいと思う以上に焦ってしまった。こういう表情をされると逆に燃えるはずなのに。なぜだか妙にだけは泣いてほしくないのだ。涙よりも笑顔が見たい。いつも、笑っていてほしい。
「……ゴメンナサイ」
「え?」
素直な沖田に妙は一瞬面食らったように瞳をまたたかせた。少しの沈黙のあと、栗色の頭に手をのせる。
「もう少しで終わるから待っててください」
「……じゃあそれまで膝枕してくだせェ」
「ふふ、もうしてるじゃない」
くすりと笑って髪を撫で上げる手が心地よくて、すっと瞼を閉じた。鉛筆の動く音を子守歌代わりに夢の中へと足を運ぶ。アイマスクなしでも深く眠れる妙の傍が好きだ。次に起きた時には抱き枕にしてェなァ…なんてよこしまなことを考えながら、やっぱり先に笑ってほしいと思う。
そうして沖田が意識を手放した数十分後、寝ぼけ眼に妙の笑顔が飛び込んだ。
『やっぱ、笑顔がいいね』
2008/5/17