ギフト

□針様より(沖妙小説)
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天気の良い初夏の話である。志村家を訪れた沖田がいつもの縁側から部屋を覗いてみると、大きめの箱がいくつも並んでいるのが目に入った。奥の方で揺れている髪は、きっと家主のものだろう。ぴょんぴょんと跳ねる様がおもしろくて、沖田は少しの間それを眺めていた。
しばらくすると一陣の風と共に木々がざわめいた。風通しの良いこの家に、緑が薫る。その中に混じって埃くさい独特の臭いが沖田の鼻をついた。強めの風を受けるように妙が体を起こす。そこでようやく自分を見つめる存在に気付いたらしい。沖田を認めるとにっこり笑顔に変わった。つられて口元が綻ぶ。

「いらっしゃい沖田さん」
「姐さん、こいつァなんですかィ?」

沖田は並べられた物を指差して首をかしげた。縁側から家に入ると、妙が隣をあけてくれる。

「天気がいいでしょう?せっかくだから、押し入れの整理をと思ったんですけど…」
「手伝いやしょうか?」

濁すように消えた語尾に沖田が申し出れば、物の多さに辟易していたらしい妙がぱっと顔を輝かせた。そのあまり見ない幼い様子に胸の奥がうずく。

「ありがとうございます。助かるわ」
「こんだけありゃー大変でしょう」
「そうなの。それに一人だとすぐ脱線しちゃうから」

照れたように肩をすくめた少女に、沖田が視線で説明を求める。ふふ、と小さく笑った妙は手にした箱を広げてみせた。

「へェ…、懐かしいですねィ」

古びた木箱の中には、花札やおはじき、べい独楽といった昔ながらの玩具が入っていた。沖田は子供時代を思い出し、すっと目を細めた。田舎にいた頃の情景がまざまざと蘇り、すぐにぼやけて消えていく。
同様に昔を懐かしんでいるのだろう妙もまた優しい瞳でそれらを眺めていた。柔らかな眼差しは思い出を通して過去を見ているのだろう。包み込むようなぬくもりは安心感をもたらす。
けれど同時にそれは沖田をひどく不安にさせた。妙の慈しむ過去に当然自分はいない。どこか遠くを眺める妙の中に入ることはできないのだ。

「これ、借りていいですかィ?」

気付けば自然と言葉が出ていた。色を戻した少女の瞳に、ようやく沖田が映る。

「?ええ、構いませんけど」
「じゃあ見ててくだせェ」

沖田はそこにあっただけを手に取ると、不思議そうな顔の妙にニィと笑ってみせた。一瞬昔に戻ったような錯覚に陥り、振り払うように、高く高く放り投げる。

「…本当に器用なのねぇ」
「このぐらいはお茶の子さいでさァ」

くるくるとお手玉を回す沖田に妙が感嘆の声を漏らす。その中に少しばかり悔しげな顔も見えて、沖田は小さく笑ってしまった。

「簡単ですぜ?」
「私はちっとも上手くいかなかったわ。腹立たしくて新ちゃんにぶつけたら、父上に怒られてね…」
「そりゃ眼鏡は災難でしたねィ」
「ふふ、そうね。懐かしいわ」

くすくすと語った少女は、そっと木箱を指でなぞった。愛おしむ顔だ。その表情にまた胸が締め付けられる。
妙が視線を外し立ち上がった瞬間、沖田は腕を伸ばしていた。

「さあ、片付けちゃい…きゃ!」

腕の中に引き込んで、体勢を崩したところを後ろから抱きしめる。混乱する妙にぎゅっと力を込める。

「姐さんの昔話、もっと聞かせてくだせェ」
「……どうして?」
「あんたの過去が知りたい」

拗ねたような声音を聞き取ったのか、妙がくすりと息を吐いた。気まずげに視線を逸らす沖田の頬に唇を寄せる。

「沖田さんのことも教えてくれるなら、いいですよ」
「ほんとですかィ?」
「ええ、もちろん」

するり腕から抜け出して、にっこりと指を差す。笑いながら、これはね…と説明をはじめる。なくなったぬくもりが少し寂しいけれど、それ以上に可愛らしい少女の様子は沖田の目を引きつけた。思い出を話す妙はまるで幼い頃に戻ったようなはしゃぎ方だ。胸の内があたたかくなった沖田の横を爽やかな風が通り抜けていく。
ある晴れた初夏の午後、志村家には二人の楽しげな笑い声が響いていた。





















『きみの瞳に映る世界』
2008/5/17

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