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□お前なんか地獄に逝かせない
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「まぁ、なるべくお前の世話にならんよう気をつけるわ」

『馬鹿言うな。負けて逃げ帰ってきたら承知しないぞ』

「はは、きっついなぁ相変わらず。嫁のもらい手なくなるで?」

『うるさい、大きな世話だ』








彼は、白石家の次期当主。

私は、白石家に仕える医師の一人。



私たちは幼なじみの間柄にあるけれど、性別も身分も違えば、話す言葉も違う。


私の父母は江戸の医者だったが、縁あって白石家に仕えることとなった。

そして彼らが老いてから生まれた娘であった私は、両親の跡を継いでいる。




 



「なんなら俺がもらったろうか」

『余計な世話だと言っているだろう。
それに、仮にも若様が軽々しいことを言うものじゃない』

「若様扱いしたことない癖に、何言うとるん」

『人前ではしている。それに、若様扱いするなと言ったのはお前の方だろう』








突き放した物言いは、わざと。



情を移してはいけない。
これ以上、近づいてはいけない。



わかっているから。

彼はいつか、同じ武家の姫を娶るのだ。


だから、彼の言葉を真に受けたりしない。
受けてはいけないのだ。



それでも良かった。

例え彼が奥方を迎える日が来ても――――私が一番近い存在でいられなくなっても、この関係は続くのだから。





そう、思っていた……この時までは。















 











「蔵ノ介様が、蔵ノ介様が……!」





翌日から始まった戦に響いた声は、私の胸を切り裂いた。





「医者は、医者はおらんか!?」

『……忍足様、ここに』

「ああ、おったか!白石が……今回は相当やばいんや」





伝令に続いて駆け込んで来たのは、俊足で名高い忍足謙也様だった。
私と彼の間柄を知る、彼の盟友。


そして運び込まれたのは、紅に染まる彼。





「すまん……一瞬のことやった。味方を庇った隙に、斬られた」

『すぐに処置いたします。……お任せを』





すぐに戦場に戻らねばならない忍足様に頷いてみせる。

しかし、彼の傷は見た目以上に深い――――血も止まらない。








「……は、は。やられて、しもたわ……」

『見ればわかる、この大馬鹿者』

「何、や……こんな、時くらい…優しゅう、してくれたって、ええ……やろ?」

『うるさい、喋るな傷に障る』








触れた身体が熱い。
……傷のせいで、高熱が出ているのだ。

ああ、でも切り傷の手当が先だ。
しかし、この怪我は酷すぎる。どこから手をつけたらいいものか……。



どうしたら、どうしたらいい――――だって、こんなのまるで……。








「も……ええて。俺かて、わかっとる。

……駄目、なんやろ?」







私の脳裏を言い当てるかのように、呟きが洩らされた。


それは……かつて耳にしたことがない、弱々しい声。





「俺も、かなりの……人を、殺めとるし。
……死んだら、天国からやのうて…地獄から、お迎えが……くるんやろな」

『何、言って……』

「でも……お前に、会えて…良かったわ」

『やめろ!……そんなこと言うな!!』





苦しいだろうに、痛いだろうに……彼は私に微笑んだ。



止まれ涙。
まだ終わりなんかじゃない、まだ……死んだりしない。



彼が、私の腕を掴んだ。








「なぁ……名前、呼んでくれん?前、みたいに……」




 




そう言った彼は切れ切れながら、いつになく穏やかな声で。


しかし――――それを聞いたら、私の中で何かが吹っ切れた。








『蔵ノ介』








この男を、死なせてはならない。


彼の声が、眼差しが、微笑みが――――なくなるなんて、嫌だ。



そう、私は医者だから。
その誇りにかけて、この男を死なせるわけにはいかない。



私は彼が死にゆくのを、黙ってみているだけの女ではありたくない。


泣いている暇なんて、ないんだ。








『蔵ノ介……絶対に助ける。だから諦めるな阿呆』








私は、処置に手を動かし始めた。


止まらぬ血を止めるため。
下がらぬ熱を冷ますため。


いずこへ行こうとする彼を、まだ現世に留めておくために――――。





まだか細い息を洩らす蔵ノ介に言った。


















お前なんか地獄
逝かせない

(それは、「生きろ」という言葉の代わり)






end.



企画「花の下にて。」様提出作品



 

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