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□愛は生きてます
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季節は、秋。


艶やかに色付いた紅葉が山々を染め、むせかえるほどの紅が辺りを覆っている。

その中を、1人の尼僧が歩いていた。

彼女は、この季節特有の風景に目を細めながら歩を進めていく。



そうして辿り着いたのは、とある墓石。








『蓮二様……』








今日も参りました、と紡がれた言葉は空に散った。

















柳蓮二という男は、大変物静かな男だった。


常に物事を冷静に対処し、彼の友人である真田の様に声を荒げることはなかった。


また、茶や歌を愛する風流人でもあった。



そんな彼であったが、ひとたび太刀を手にすれば……紛れもない武将となる。



冷静という域を超え、時にその判断は冷酷でさえあり。

趣味事を愛でる手は、時に容赦なく命を奪っていった。


 
いつか、柳は問いかけたことがある。





「お前も、俺が恐ろしいか?」

『蓮二様……』

「お前も……俺を鬼や夜叉だと思うか?」





月夜の晩、柔らかな光が二人を照らす。

問われた彼の妻は、ひとときの後に答えた。





『いいえ、思いませぬ』





夫が世間で何と呼ばれているか、彼女の耳にも及んでいた。

その姿こそ目にせずとも、それが戦場の彼であろうこともわかっていた。


しかし、彼女は他にも知っていることがある。



身体が弱く病がちな自分を案じて、戦場からでも柳が何通も手紙を送ってくれたこと。

どんな時でも、帰ったら真っ先に自分の見舞いに来てくれること。

お帰りなさいませと言えば、安堵した優しい表情を見せること。





『蓮二様は、人にございます。

仮に、鬼や夜叉であったとしても……私には関係ありませぬ。私は、貴方様の妻ですから』





柳は静かに微笑んだ。





「鬼の妻でも良いのか」

『ええ、望むところです。
鬼でも夜叉でも、蓮二様には変わりありませぬでしょう?』





揺るがぬ答えに、柳は笑みを深めた。

同じく微笑む彼女に、「ありがとう」と呟く。





「願わくば、いつまでもお前と共にありたいものだな……」


















『蓮二様』





彼の墓前で、尼僧は語りかけた。
 
幾度、重い病を患っても彼女は生き長らえた。



しかし、彼女の下に回復を喜ぶ柳が駆けつけることは、もうない。



あの夜から幾らも経たぬ内に、彼は世を去った。

その最後は各国に畏怖を与えた武将とは思えぬ程、呆気ないものであったという。


柳の胸を矢が貫いた時、彼は彼女が渡した守り袋を手にしたまま……何も言葉を残すこともなく、眠りについたのだ。





『貴方はあの時、こうなることがお分かりだったのですね……』





月明かりに浮かぶ、哀しげで静かな横顔を彼女は今も思い出す。

あれから、もう幾年もの時が過ぎたけれども……今も想いが色あせることはない。





『大丈夫ですよ、蓮二様』





紅葉の葉が降り注ぐ中、尼僧は手を合わせて微笑んだ。

その穏やかな表情も、変わることがなかったものだった。





『貴方は足早に逝ってしまわれましたが……今も昔も、私が想うのは蓮二様だけ。

いつまでも、お側におります』








その言葉が消えぬ内に、天から一陣の風が吹き抜けていく。



まるで遠い彼方のかの人が、彼女に答えるかの様に――――。















愛は生きてます
(いつか、私が会いに行くまで待っていて下さい)










end.





企画「花の下にて。」様提出作品。
 

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