企画参加

□不覚にも、
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“浪速の彗星”

我が主、忍足謙也の二つ名である。
誰にも捉えられない俊敏な剣技で敵を瞬殺する事からこう呼ばれ始めた。
また、同郷である四天宝寺国主・白石蔵ノ介の右腕としても有名。

…って言うとすごくかっこよく聞こえるんだろうな……



不覚にも、



「お茶と煎餅持ってきてくれへ―ん?」
縁側でごろ寝していた主が私を呼ぶ。
ゆるゆるした着物を着崩しているその姿に威厳は無い。(おまけに帯も解けそうだ)
「ご自分でお取りになってください謙也様」
にっこりと微笑み、寝っ転がる物体を足蹴にする。

「ちょちょちょい待ちい!何すんねん!!」
「縁側に邪魔な物がありましたので、退治しようかと。」
「お、俺が悪かった!自分で取ってくるわ!」
「もちろん、私の分もお願いしますよ」
ようやく言うことを聞いた主に微笑む。
その微笑みに、『取ってこないとどうなるのか分かってんのかヘタレ?』というメッセージを乗せて。

「わ、分かったわ!お前の分も取ってくるっちゅーねん!ったく、横暴なやっちゃ…」

謙也様が起き上がると、一陣の風が吹いた。
もう縁側に姿は無い。
浪速の彗星、その名は伊達ではないようだ。
「流石です謙也様。普段の生活でも使っていらっしゃるなんて!」

四天宝寺には特殊な才能を持つ方々がいる。
謙也様もその一人だ。
ちなみに千歳様は、本来敵の人数や伏兵を察知するために使う“才気煥発の極み”を乱用…もとい使用し、献立当てに使っている。

久々に見た己の主の雄姿に感動した…かったが、遠くから「いったあ!!足の小指ぶつけた!!!」「先輩アホっすわ…」というやりとりが聞こえ、ため息をついた。
どうして謙也様はおっちょこちょい、もといヘタレなのか…。

戦場に出れば敵無しの強さなのに、城内に居るときはご覧の通りヘタレ。

「はぁ…。従兄弟の侑士様は落ち着いていらっしゃるのに」
頭に浮かぶのは、南蛮由来の眼鏡をかけた氷帝の天才。
武芸から民政まで幅広くこなす才能は、氷帝内においても一目置かれている。

「侑士がどないしてん」
煎餅をくわえながら謙也様が戻って来た。
「いえ、謙也様も侑士様のように落ち着いていらっしゃればいいのに…と。」
「なんやて?ならこの煎餅とお茶はいらへんっちゅー話やな」
「今晩のおかずのおでんからすじ肉抜いておきますね」
「悪かった!この通りや!」

ああ…やっぱりヘタレ…
虚しい思いを噛み砕くように煎餅を食べた。


それから数日経ったある日。
君主である蔵ノ介様に天守へ呼ばれた。
ちなみに天守は蔵ノ介様の居室にもなっている。
おそらく私に何か用事を頼まれるのであろう。
そう思いながら天守への道を進んだ。

「よう来たな。ご苦労さん」
上座に座る蔵ノ介様が笑顔で迎える。傍らには奥方様の姿も。
余談だが、このご夫婦は他国で有名になる程の慈悲深い人格をお持ちである。
ただし、戦場を除いて。

「さっそく本題なんやけど、これを氷帝に運んできてもらいたいねん」
そう言うと蔵ノ介様は奥方様から巻物を受け取り、ポーンと私に投げた。
女中兼謙也様付きのくの一である私は容易く取ったが…
他国に届ける物を投げてもいいのだろうか…?

「急で悪いんやけど、明日の早朝に出発してほしいんや」
「承知致しました」
三つ指を着き深く礼をする。

「あ、分かっとると思うけど、見たらあかんよ。仮にも他国とのあれやこれやについてなんやかんや書いてあるからな」
なんとも適当な説明だが、仰りたいことは理解した。

「もちろんです。分かっております。」
「ならええわ。任せたで」
「はっ!失礼致します」
一礼し天守を後にした。

「さーって、計画開始やな」
「上手く行くといいですわね」
私は夫婦揃って怪しく笑っていたことなど気づくはずもなかった…。

自室に戻る途中、財前くんに出会った。
「こんにちは財前くん」
「どーもこんにちは」
若いながらも頭角を現している彼は『四天宝寺の天才』と呼ばれている。
素直じゃないのが玉に傷だが…。

「殿に呼ばれとったんですか?」
「そうよ。これを氷帝に届けて欲しいって。」
「ああ…。あの無駄に豪華絢爛な城ですか…」
財前くんが遠い目をした。
四天宝寺の城も中々派手だが、氷帝はその上を行く…というか、次元が違うかもしれない。

「明日の早朝に出発するんだよ」
「またえらい急ですやん」
「ま、忍の仕事ってそんなもんよ」
「そうですか…。じゃ、俺厨房に行きますわ。千歳先輩が今日のおやつは白玉ぜんざいや言うてたんで」
そう言って財前くんは去っていった。
ちなみに、財前くんは好物の白玉ぜんざいの話になると年相応の反応をする。彼もまだまだ若いのだ。

「さて、明日の準備を始めよっかな」
頭に必要な物を描きながら自室に戻った。

 
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