企画参加
□散り失せたって本望だ
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「もはやこれまで、か」
周囲を取り巻く、戦の喧騒。
まもなく、精市様がおわすこの部屋にも敵兵がたどり着くだろう。
「すまない」
精市様の悲しげな微笑みが、ゆらめく炎で浮かび上がる。
その表情は、かつて病に伏せられていた時のそれによく似ていた。
儚げな、憂いを帯びた瞳。
「真田も柳も……他の者も誰もいない。
俺の側にいるのは、もうお前だけだね」
『精市様……』
私は、親の顔を知らない。
子供の頃、戦の跡地で立ち尽くしていたらしい。
それ以前のことは何も覚えていない。
そこに、幸村家の若様が通りがかった。
それが精市様だった。
「あの子は……?」
「おそらく、孤児です。親を亡くしたのでしょうな。
戦の後には、よくあることでございますよ」
家臣の返答を聞いて、精市様は無言でこちらに歩み寄った。
「……年はいくつ?──ああ、俺と同じだ」
その頃は、私と同じ位に幼かった精市様。
「俺と一緒においで」
「若様!?」
「この子を連れて帰るよ」
「しかし……この様な子供はいくらでもいるのです。この子を連れて帰っても」
「それでも……この子だけでも、放ってなんかおけない」
凛とした面持ちで言い放ち、その気迫に家臣も思わず口を閉ざす。
そして、精市様は私に手を差し伸べた。
「俺の名前は幸村精市だよ。
さぁ、おいで」
こうして、幸村家に拾われた私は忍になった。
ただの女である道を捨てて、幸村家を──精市様を、片時も離れずにお守りしてきた。
あれから、十年は過ぎただろうか。
『精市様』
いつまでも、貴方のお側にいたかった。
しかし、それ以上に────。
『この部屋には抜け道があります』
私は、貴方に生きていてほしいのです。
『私がこの場を食い止めましょう。
その間に、お逃げ下さい』
「な、にを言って……」
『私は、精市様の配下です。貴方様を守るのが、私の役目』
「駄目だ。
確かに、お前は忍で俺はその主だよ。
だけど……身分なんて関係なしに、俺はお前のことが大切なんだ。
一人で死なせる訳にはいかない」
いつも静かな覇気を纏い、まっすぐな眼差しをされた精市様。
貴方がそんな我が儘を口にするのを聞いたのは、初めてです。
しかし、私もこれだけは譲れません。
だから私は────。
『何をおっしゃるんですか、精市様。
私は死ぬなどとは申しておりません』
私は笑った。
『敵兵を蹴散らしたら、すぐに精市様を追いかけます。
ですから、先にお逃げ下さい』
それが真にならぬこと位、私にだってわかっている。
けれども、私は尚も精市様に笑いかけた。
「……必ず、俺を追ってくるね?」
『はい、必ず』
精市様も、それが叶わぬことは重々承知されているだろう。
それでも……私達は約束を交わした。
「それなら……別れの言葉は言わないよ」
『はい。どうかご無事で……また後程、お会いしましょう』
「約束だよ」
『約束です』
最後に見た精市様は、私がよく知る凛々しい
眼差しを向けていた。
私は精市様に背を向けて、立ちはだかった。
背後から、脱出する物音が聞こえる。
後悔など微塵もない。
あの日、精市様の手を取った時から決めていたのだ。
この方に救われた命なら、この方の為に尽くそうと。
精市様、私は幸せでした。
「大切だ」と言っていただけたこと、本当に嬉しく思っています。
貴方にしてみれば、それは妹に対する様な思いだったのかもしれませんが────私は、精市様をずっとお慕いしていました。
どうか、貴方の行先に幸あります様に……。
散り失せたって本望だ
(この身が散ろうとも、この心はいつも貴方と共に……)
End.
企画「花の下にて。」様提出作品。