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□冬あかり
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寒い。
そう思ってしまえば、全く寝付けなかった。寒風で障子がカタンと揺れる。風の音がする外は、殊更寒いのだろう。
少し、甘くみていた。
冬というのがこれ程身に堪えるとは。先程雨に打たれたからだろうか。
短くなった髪を触れば、ああ、本当にオレは出てきてしまったんだという念に駆られる。
それにしても布団にくるまっているというのにがたがたと震えが止まらない。
奥歯を噛んで必死で震えを止めようとするのだがそれも無駄なようだ。
そんな俺の努力とは裏腹に障子の外からやけに楽しそうな声がした。
「エーシュン、枕は合ったかね?
商人が珍しい枕が入ったというから取り寄せてみたんだがねぇ。確かそば殻枕とかいう…」
「オヤシロ殿、淡海の夜はこのように寒いものなのですか」
「おや、寒いのかい? まぁ無理もないね。遠都の人間に冬はちょっと厳しいだろうからなァ」
「私はもう遠都の人間ではない」
後悔などない。俺は今日から叡峻として生きていくのだから。
遠都や、兄上のことなど・・もうどうでもいい。
「よし、今夜はこのオヤシ
ロの尻尾にくるまって寝るがいいよ。出血大サービスだ」
「そのような無礼を働くわけには…」
「いいからいいから。来なさい」
唐突に何を言い出すのだろうと訝しく思っているうちにすっかりオヤシロ殿の尻尾の中にくるみ込まれた。
先程の寒さとは比べものにならないくらい暖かい。すぐに眠気が
襲ってくる。
「君も来たことだしそろそろ冬支度をしなくてはだね」
まどろみの中で頭を撫でてくれる暖かい手と、優しい声を感じながら俺は深い眠りに落ちた。
「かわいそうにねぇ」
すうすうという小さな寝息を聞きながら、ヤシロはポツリと言った。
まだあどけなさの残るその寝顔は色濃く絶望が滲んでいて、頭を撫でてやると、少し眉間に皺がよる。
「闇に囚われるでないよ。このオヤシロが守ってやろう。キミはただボクに甘えていればいい」
またひとつ言の葉を落とせばふっと表情が和らいだ気がした。
手はすがるように尻尾を掴んで離さない。
「おやおや」
と可笑しそうに笑いながら、ヤシロは叡峻の傍らに横になった。
おやすみ、エーシュン
ふたりで眠る夜は、いつもより安らいでいる気がした。
----end
叡峻落座後の浮御堂での初夜。
冬のない場所からいきなりきたら寒くて寝らんないんだろうなという妄想からできた作品。
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