NOVEL2

□逢櫻
2ページ/10ページ

  壱・出逢い櫻


 櫻が八分咲きの頃だった。
 その日は、人斬りとしての仕事もなく、少年は、昼間の京都を久しぶりに歩きたくなり、自分の住処から桂川の方へと歩いていた。しかし、近ごろ頓に悪くなった目付きの悪さが人々を怖がらせ、道を開けさせていることを、少年は気づかずにいた。
 目を引いたのは、懐かしい笑顔だったからか。
 懐かしい───そんな感情など、男は長いこと感じることもなかった。ボーッと何を思う事なく、その笑顔をただひたすら見つめていた。
 一人の浪人の青年と、その周りを囲み、はしゃぐ子供達。青年は、誰よりも無邪気に笑っていた。子供達と一緒に独楽を回している。誰よりも巧く回すことが出来るので得意そうにニコニコ笑っている。悔しそうにしている子供に、独楽を左手に取って紐の巻き方のコツを教えてやっている。
 少年は、見入っていたことに気づいておらず、青年が視線に気づいて、こちらを向いたのを見て、初めて気づく。しまったと思ったが、もう遅い。別に悪いことをしたわけではないが、ばつが悪い。視線をそらそうとした時、青年は優しく微笑んだ。
 やはり、懐かしい。少年は、そう思った。京で見慣れているはずの、青年の真っ白な肌が、何となく、この世の者と感じられなかった。
「独楽、やりませんか?」
 気づくと、少年の前まで青年は、来ていて、笑っていた。人の返事を聞かずに自分の独楽を渡し、少年の手を引っ張り子供達の所まで、連れて来た。
「皆。このお兄さんも、仲間にいれてくれないかなあ?」 青年は、子供達ひとりひとりの瞳をじっと見て、最後に、ねっと小首を傾げて笑いかけた。子供達は、目付きの悪い少年を怪しむように見つめている。子供達の大将だと思われる利発そうな少年が、青年の袖を引っ張り、言った。
「この人、にーちゃんの何なん?」
 青年は、ちょっと驚いた様子を見せ少年の頭をなでてやりながら、にーちゃんの友達だよ、と言った。
 友達───?
 知らない奴に、《友達》と言われているのに、なぜか少年は、反抗する気がしなかった。
 少年は、誰かから、友達なんて言われたのは、初めてだった。少年は、生まれた時から友達と呼べる人間なんて作ったことがない。京都に来ても作れたのは、《同志》《仲間》だけだった。その《同志》にも、子供とからかわれ、心の中では蔑まれていることを少年は知っていた。 何を求めてここへ来たのだろう。もちろん、新しい時代を築くためなのは、確かだ。でも、他にも何か求めてたのではないか。知らず知らずに。その為に、ここへ来たのではないだろうか。
 少年は、暫し考え込む。その思考を遮るように、ガキ大将は、舌打ちをしながら言った。
「仕方ないな。仲間に入れてやる」
 話は、少年の知らない間に、かなり進んでいた。
 少年は、独楽をやるはめになってしまった。しかし、駒などやったことがない。少年は、見様見真似で独楽に紐を巻き付ける。
「ちゃうちゃう!」
「は?」
「何やってんの?この軸の所からきっちり強く巻きつけんと!」
「はあ……」
 忘れてしまったほど人を斬っている自分が、子供にしかられている。妙な気分だと思いながらも、新鮮でそれはそれで面白いと、少年は苦笑した。
「あ。お兄さんの今の顔、《おろ》っとした顔だと思わない?」
 青年の問いに子供達はウンウン頷いている。
 ───さっぱりわからん。
 何だと言うんだ。こいつらは、何も知らない自分を巻き込んで!!
 少年は、心のなかで叫びながらも、しっかり夕方まで遊んでいた。ちゃっかり相手のペースにはまっている。
「じゃーねー!!明日も、また来てなあ!」
 子供達が夕日の中に消えて行く。青年は、ニコニコ笑いながら手を振っている。
 少年は、そんな青年をぼーっと見ていた。真っ白な肌が、夕日で赤く染まっている。
「聞いていいか?」
「はい?」
 瞳を細めて小首を傾げ、ゆっくりと青年は、微笑んだ。その笑顔に少年は、吸い込まれそうになる。
「あのガキどもと、あんたの関係は?」
「お友達です。川辺で昼寝をしていたら、声をかけられ、遊ぼうと言われまして」
「じゃ、俺は?」
 青年は、クスクス笑いながら、男の目を見つめた。
「もちろん、お友達ですよ」
 そして、満遍の無い笑顔。男は、深く深くため息をついた。
「とりあえず、名前、教えてくれるか」 
 青年は、普通、名乗ってから聞くものですよ。っと言いながらも、《宗次郎》ですっと言った。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ