NOVEL2

□逢櫻
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櫻序章・幻影櫻


 櫻───。もう、そんな季節か……。
 紅の髪に降り積もった、櫻の花びらを取り、そっと竹刀ダコのある手の平にのせ、後から降ってくる花びらも手の平で受け止めた。そして、その手を一旦握り締め、一気に開いた。
『ああ。綺麗だなあ』
 懐かしい、はしゃいだ声が聞こえた気がして、あわてて振り向く。が、桜並木があるばかりだった。ため息をつく。
 空耳だと頭ではわかっているはずなのに、体が反応してしまう。彼がここにいるはずがないのに。
 しかし、自分が《東京》と呼ばれるようになった、この街に再びやって来たのは、彼の為なのだ。彼が生まれ、育ち、自由に生きて来た場所をもう一度、深く目に焼き付けておこうと思ったのだ。まだ少し江戸の面影を残している《東京》に。
 風が少し強くなる。満開の櫻が一斉に南東の方角へ飛び散り、流れて行く。
『まるで、桂川の流れのように美しいと思いませんか?』 彼がこちらを向いて、ゆっくりと笑う姿が目に浮かぶ。 花びらに身を委ねるように、瞼を閉じた。

 櫻が記憶を呼び起こす。
 失ってしまった時を、溯る───。
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