NOVEL

□君がくれた音
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《天上の音色》…というのがあるとしたら、それは、あの方の琵琶の音色だろう。

私は、いつもその音色を聴いていた。

琵琶の音色は、私の体を包み込むように優しく、優美で聴く者の心を酔わせた。


誰よりもその音色を聴いていたかった。
貴方の心が手に入らないのだから、せめて…。
せめて、《天上の音色》を手に入れたかったのだ―――。




   君が
    くれた音








     序



私は、慣れない仕事に里心が出ていた。
主人である清宗様は、少しわがままで、手がかかる。一つ年下といっても、いくらなんでも酷かった。


今日は、蝶を捕まえてこいと命じられた。
春といっても今年は寒い日が続いていて、蝶はまだ飛んでいないのに…だ。


いつも清宗様の無理難題に困らせられる。でも、そんなつらい時、決まって聴こえてくる音色。
優しい琵琶の音……。

つらいことも一瞬忘れてしまうくらい綺麗で優しい音。

私は、つらい日々も、なんとかその音色のおかげで乗り切ってきた。



でも、蝶はみつからない…。

私は、必死で、庭のあちらこちらに潜り込む。そうしたら、音色のすぐそばまで来ていたことに気づいた。

ふと目を上げると、琵琶を奏でる人がいた。



そのの顔を初めて見た時、美しすぎてこの世の時が止まったかと錯覚した。

天上の音色を奏でる者に相応しい。否、それ以上の、天女のように美しい横顔……。


私は、自分の心臓が止まったかと思うくらいの衝撃を受けた。
しばらく見惚れていると、天女は、ニヤリと笑った。天女のわりには不適な笑いだった。


「気に入ったか?」


天女の声は、思ったより低い。
なぜだろうと思って、一瞬首を傾げた。


「お前に言っているんだよ。気に入ったか?琵琶の音」

「あ…はい。天上の音色だと思いました。」

私がそう言うと、天女は、大笑いした。
「そこまで言われたのは、初めてだな。さしずめ奏でる私は、天女か何かか?」
「え?違うんですか?」
私が、そう言うと、再び笑い出す。

「お前、可愛いな…幾つだ?」
「8つにございます」
私が、必死に答えると、天女は、

「そうか、じゃあ、素直に聞いておこうか…。名は?」
「は…は…はると」
緊張のあまり、どもりながら答えると、天女は、苦笑しながら

「はははると?」
「ち、ちがいます。私は、先日、平清宗様の郎党になった者で陽斗(ハルト)と申します。」
「ああ。宗盛伯父の所か」
天女は納得したように頷いた。

「じゃ、また会うこともあるだろう。陽斗。またな」
天女は、微笑んでその場から立ち去った。

あっという間に目の前から消えてしまったので、思わず目を擦った。

夢か幻か?
とも思ったが、天女の香の残り香に、夢でも幻でもないことがわかる。


私は、齢8歳で、生涯私の心を掴んで離さなかった人と出逢ってしまった。

平維盛様と、出逢ってしまった…。
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