短編

□さよならの代わりに
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さよならの代わりに。
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たった一つだけ、今まで君に内緒にしていたことを教えてあげる。

それを聞いても、君は決して振り向いてはいけないよ。

僕に背を向けたまま、そのまま、歩いて行ってね。

それだけは、約束だから、ね。




そこまで一息でいうと、くしゃりと僕の好きだったハチミツ色の髪の毛を撫でた。

見た目よりもうんと柔らかくて、心地よい。僕が好きな、君の色。

華奢な肩は、笑ってもいないのに小刻みに震えていて。





ああ、泣いているんだな、と思った。




泣かないで、なんて

もう僕には言う資格なんてないから。


そう言って、涙をぬぐってやることなんてできないから。

ぐっと、心臓が締め付けられるような痛みを感じながらも、僕はそれに気づかないふりをした。





呼吸するくらいの小さな声で、君は僕の名前を呼んだ。


何?、って聞いても、ただひたすら僕の名前だけ。繰り返し、繰り返し。



僕の好きな声音で。僕の好きな、旋律で。







梅とか桜とかが一斉に咲きだした3月の終わり。

中学校を卒業したばかりのこの幼い子はマフィアのボスになるべくイタリアへと旅立つらしい。



目の前に広がる大きな世界を前に、迷っているこの小さな背中を押してやれ、なんて。あんなに小さい赤ん坊に言われてしまった。
君をイタリアに送り出すのが僕の役目らしい。




一緒には、いかない。そう決めたから。



決めたのは、僕じゃない。


だけど、並盛に残ってください、なんて泣きそうな顔して言った目の前の小さなボスの命令に従ったのは紛れもなく僕。


何が何でもついて行く、なんて柄じゃない。


だけど、一緒に来てほしいと言ってもらえるなんて、心のどこかで期待していたのは、紛れもない事実で。







僕と君は出会ってから、ふらふら、ふらふらと。


同じようなところを行ったり来たりして、前に進んだ歩数はどれぐらいなんだろう。




何かに惹かれあっていた、と僕は思っている。


きっと君もそう。



一緒にいた時間に、


伏せられた君の眼や、

伸ばしかけた僕の手や、

淡く染まった互いの頬に、



見て見ぬ振りを重ねただけ。






君が、何度目かの僕の名前を呼んだ時、僕はそっと君を抱きしめて、僕より小さなその肩口に顔をうずめた。


浅く息を吸うと、僕の好きな君の香りが広がって、目頭がじんわり熱くなった。




君に出会って何年か経つけど、今まで一度も君に言わなかったことを教えてあげる。



ずっと内緒にしてたんだ。でも、次会えるのは何時になるか分からないから、今、言うね。




「綱吉。」




ビクリと、君の肩が揺れる。


当り前か、今までずっと名字でしか呼んだこと無かったもんね。


ほんとはね、その度に君が少し寂しそうな顔してたのも、知ってたんだ。


ねぇ、今君は、どんな顔してるんだろう。正面に回って見たい気もするけれど。


きっと僕の決心が鈍るから、止めておくよ。



だから、ね。最後に一つだけ、ずっと。


ずっと内緒にしていたことがあるんだ。








「……愛してるよ、ずっと。」







君は、とうとう泣きながら、しゃくりあげるその息の間に、僕に向かってバカ、なんて言った。


今更過ぎる、といって泣いた。


泣かないでよ、泣かないで、ねぇ、頼むから。








「……大好き、なんです。ずっと。」






耳まで真っ赤にしてそう言った君は、一度は捨てようと思ったんですけど、と言って。

そっと、後ろに手を回してきた。





差し出された手の中には、くしゃくしゃになった1枚のチケット。
日本から、イタリア行きの片道チケット。







一緒に来てくれますか、と弱々しい声でいう君が、愛おしくて。


震える手でそのチケットを受け取ると、涙でぐしゃぐしゃになった君がこっちを向いた。



不安そうな顔をしたままのその頬に残る涙の跡を優しく拭うと、そっと目頭にキスをした。





やっぱり君にさよならなんて出来ないや、
そうポツリと呟くと、君は笑った。









それは花の綻ぶような、僕の好きな、笑みだった。




Fin

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