番外
□君の笑った声が聞こえる。(坂田)
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朝起きた時、まわりが静かだったことにすぐ気づいた。いつもならうるせー奴らがドタバタと廊下を走り、直後響くはずのあいつの怒鳴り声(それもおれの好きな声)さえない。聞こえるのは外で鳥が小さく鳴いている、ただそれだけ。
不安になったおれは、ふすまを開けて廊下をきょろきょろと見回した。誰もいねえ。急いで中庭に出た。洗濯物を洗う姿がない。
「……」
今まで一人でいたはずだった。けれど違った。
もしこのまま会えなかったら、と思う。それなら昨日あの時、名前を呼べば良かった。
みんな一斉に消えて、おれだけ残ってるだなんて、迷子になった気分だった。
「名無しさん……!」
初めて声に出しても、そいつはいない。
泣きそうになった顔で、広間に走ってふすまを開けた。
「お誕生日おめでとう、銀ちゃーん!!」
今まで無音だった世界に、名無しさんの声と、拍手の嵐がふってきた。
呆然とするおれの目は、確実に名無しさんと高杉とヅラと先生と、その他がきんちょどもを捉えていた。名無しさんや先生はともかく、がきんちょどもまでが拍手をくれた。ただそれがやけくそ気味だったのと、高杉は時々頭を抑えていたことで、だいたいの経緯がわかる。
「もう遅かったじゃない、みんなずっと待ってたのよー」
「なあ、ご飯食べようよ! おれもう腹へったー!」
「そうだね、食べようか」
高杉にせかされる名無しさんは、まだ突っ立ったままのおれを見てくすくすと笑った。
ここでようやく理解する。
おれ、そういや今日誕生日だったんだ。
「お兄ちゃん、銀ちゃんを座らせて」
頷いた先生にうながされ、おれは指定された位置に腰をおろした。
そして、いつもおれたちの使う長机をくっつけて、その上に豪華な料理が次々と運ばれていく。それが並べられるほど、おれたちガキは興奮して、さっきまであんなに静かだったのに
「この肉おれんだからな、手ェ出すなよ!」
「晋ちゃん、そんなこと言う子はおあずけだよ。こっち来て手伝ってちょうだい」
言った本人はおしおきのつもりだろうが、言われた本人は名無しさんと一緒にいることができるからとご機嫌だった。むかつく、高杉の野郎。料理を置く時にたまたま視線がかちあったが、高杉が意味ありげにニッと笑ったのを見て、おれも黙っちゃいなかった。
高杉とすれ違いざまにあっかんべえをしてから台所に行く。そして名無しさんの垂れた袖を引っ張り、こっちを見おろした目をまっすぐ見つめた。
「手伝う」
「……ありがとう」
にっこりと、嬉しそうに笑って名無しさんはおれの頭をなでた。
「でもね、気持ちだけ受け取っておくよ。だって今日の主役は銀ちゃんだもの。広間にいって、みんなと少しでもたくさんおはなししておいで。それで、後でどんなはなしをしたのか、私に聞かせてちょうだい」
「………うん」
上手な断り方だ、と思う。哀しい気持ちがしない、逆にたくさん話を聞かせてやりたいと思った。
台所を出る直前、おれは思い切って名無しさんに言った。
「ありがとな」
振り向いた名無しさんの表情は、びっくりしたようなものだけど、ふふふ、と笑い声をあげた。
「こちらこそ。…銀ちゃんの誕生日は、何十年経っても祝ってあげるからね」
覚悟しておきなさいよ、と元気よく宣言する名無しさんを見ると、自然と笑みがこぼれた。
「何十年経っても祝ってやる、ねェ……」
「銀ちゃん、お誕生日おめでと!」
「……(これ、何十年ぶりなんだろうな)」
君の笑った声が聞こえる。
捏造設定:「銀ちゃん」はませたガキで一匹狼ってかんじ。
ちなみに子供たちはみんな先生の屋敷(?)で寝泊まりしてる設定です。