番外
□君の怒った声が聞こえる。(高杉)
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「ヅラー」
「ヅラじゃない桂だ」
「けんかしよう」
「…………」
けんかして、どこか少しでもけがしたら、おれもああやって だっこされるんじゃないか。
そう思ってヅラを見ると、馬のしっぽみてーな後ろ髪を揺らして首を横に振られた。
「理由もないけんかはしてもむだだ」
「ばーかあーほどじまぬけ」
「………」
「おたんこなす、ぼけ」
「…………」
「づら、はげ、根暗」
「……………」
「お前むっつりだろ、この前名無しさんと風呂入ってたし」
直後、無言でほっぺに一発くらったのをきっかけに、「理由もないけんか」は始まった。つーか、なぐりたいのはおれだ!
それが終了したのは、帰ってきた名無しさんが間に入ったからだった。残念な事に、たいしたけがはできてない。
おれとヅラはよくけんかするけど、大抵おれがふっかけるから、名無しさんはヅラじゃなくておれに問いかけた。
「……晋ちゃん」
「なんだよ」
「どうしていっつも、晋ちゃんはけんかっ早いのかな」
にこっと笑う名無しさんにどきどきしたけど、あっという間に消えた。
よく見りゃ、目元がぴくぴくして、今にも三角につり上がりそうなのを抑えてるようだったから。
今日はこれで二回目だ、でも、これは別にいい。
「男はけんかしてなんぼだからだ!」
「誰がそんな事言ったの?」
「先生」
「……(後でしめなくちゃ)」
ほんとはうそだけど、いいや。
「はあ……。ヅラちゃん、大丈夫だった?」
「こんなのなんともない」
「気をつけろよ名無しさん、こいつむっつりだから」
すぐさま投げつけられた筆を避けて第二回戦をやろうとしたが、ヅラもおれも特製のげんこつをくらって、できなかった。
いってー、なんで女のくせにこんな力あんだよ!
「はい、終了ー。さ、そろそろお勉強の時間だよ。こんな所にいないで、いったいった!」
ヅラは素直に頷き、廊下を走っていく。
たいしておれは、名無しさんの隣に立つと、着物のはしをつかんだ。
「……晋ちゃんはいかないの? 先生のお話、始まっちゃうよ」
おれと視線を合わせるためにしゃがんだ名無しさんは、おれにいつの間にかたまっていた涙を指でぬぐった。
「ごめんね、きつく言い過ぎちゃったねえ。………私も晋ちゃんの事言えないのにね」
「……なんで?」
「理由も聞かずに怒っちゃうし、早とちりが多いし」
ほほえんだ名無しさんは、突っ立ったまま俺に手をのばして、ゆっくりと抱きしめた。
びっくりしたあまりに、あふれそうだった涙が引っ込む。
「さっきの子、話してくれたよ。私のせいだね」
せいじゃない。けど、おれが怒った理由はそれだ。
名無しさんの悪口を言ったから。
他のやつからすればそれくらいで、と思うかもしれないけど、おれからすればじゅうぶんな材料だった。
「あのね晋ちゃん、やっぱりけんかはいけない事だよ」
「………うん」
「でも、ありがとうね」
髪の香り、着物の匂いがおれを安心させる。
頭のうしろを優しくなでられ、なんだか気持ちよくなって、眠くなってきた。
先生ごめん、今日は名無しさんといたい。
「……名無しさん…」
「ん?」
「おれ、名無しさんの事、母ちゃんだって、誇りに思ってるよ」
「……………」
おれを抱きしめる腕に力がこもった、気がした。
「………懐かしい夢を見たもんだ」
君の怒った声が聞こえる。
捏造設定:「晋ちゃん」はジャイアンだろうな。
お調子者だともっといい。