TWO!
□TWO!8
2ページ/3ページ
「ごめんなさいごめんなさい!! 血が…!」
「あ?」
鼻です、と言われたので触ってみたら、血が出ていた。
あー、たたきつけられたもんな。
女は懐からハンカチを取り出すと、躊躇なく俺の鼻の下に付ける。
すぐにでもその手を払いのけて「いらねえ」と言いたかったが、
「あーあー、こんなに出ちゃって。……私、そんなに強くやりました?」
なんとなく、払いのけづらかった。
まるで相手が、俺の事をなんでも思ってねーか、それともガキのように扱う。
隊服とか、俺の目つきとか、んなもんどうでもよさそうだ(俺を見ただけで大抵の人間は男女年齢問わずにびびるもんだが)
見た事ねー女。
「すぐに冷やした方がいいですね。近くに公園とかあります?」
「………いや、いい」
そこでハッとした。これ以上見ず知らずの女を引っ張るのはまずい。
さっきまで夕焼けだった空が、今じゃあ薄暗くなっている。
しゃーねェ。笑われんのは癪だが、このまま帰るか。
「それより、もう帰れ。息子がいんだろ」
「はあ、でも貴方は」
「血くらい平気だ」
「……。それじゃ、これ使ってください。返さなくてもいいから」
「………」
よりによって白いハンカチに、赤い血。
返さなくてもいい、というのは正直助かった。
「それじゃあ、失礼しますね」
「ああ」
女が来た道を戻るのを見て、俺も背中を向ける。
コーヒーを飲むつもりで吸ってなかった煙草に手をのばした時、
「すいまっせ〜ん。ネェちゃん、ちょっとここまで案内してくんない?」
「でもねえ、私よくここわからなくて」
「あっそうなの? それなら一緒に」
「お前だけで逝け」
助走をつけて ドガッ、と男に蹴りを入れる。
砂埃がたったが、俺は最後まで見ずに女を連れて歩き出した。
後ろからあがった非難の声に「うるせェ!」と一喝する。
「アンタほんとに無知だな! あんなゴロツキに、普通ついてかねーだろ。……息子が可哀相だぜ、ったく」
「む、無知じゃありません。………ただ、まだ、この世界に慣れてなくて」
「あ? なんか言ったか」
「! いいいいえ、なんでも」
最後がぼそぼそと呟いていたが、別に気にならない。
とにかく、もし一人で帰らせたら、翌日 新聞に失踪だの強盗だので写真があげられる気がする。
職業上、そして世話になった以上、放っておけるはずがなかった。
そして女を見送った場所を見て、俺は 呻いた。
「……………アンタ、万事屋のメンバーか」
「いえ、 居 候 です」
居候、という部分に変な強調がかかる(なんだそりゃ)
どうやら銀ちゃんっつうのは本当にあの銀髪ヤローの事だったらしい。
そう思っていた俺を振り返って、女は背筋をのばすと 凛とした態度で名乗った。
「よし……名無しさんと申します。今更ですけど、ここまで送ってもらったのに名無しの権兵衛じゃいけませんから」
「なんか古くねーかそれ」
今の時代に女の口から「名無しの権兵衛」を聞くとは思わなかった。
俺はなんとなく言っただけだが、相手は何かが気にくわなかったようで、ぶすっとした表情になる。
が、結局 俺の名を聞く事もなく、深々と一礼して階段をのぼっていった(いや別に聞いてほしかったわけじゃねーし!)
それを見届けて、今度こそ俺は帰路につく。
「……名無しさん」
どっかで聞いた事あるかもしんねーと思いながらも、やっぱり考えるのは、どんなハンカチを買って返そうか、という事だった。