TWO!

□TWO!8
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「ごめんなさいごめんなさい!! 血が…!」

「あ?」


 鼻です、と言われたので触ってみたら、血が出ていた。

 あー、たたきつけられたもんな。

 女は懐からハンカチを取り出すと、躊躇なく俺の鼻の下に付ける。

 すぐにでもその手を払いのけて「いらねえ」と言いたかったが、


「あーあー、こんなに出ちゃって。……私、そんなに強くやりました?」


 なんとなく、払いのけづらかった。

 まるで相手が、俺の事をなんでも思ってねーか、それともガキのように扱う。

 隊服とか、俺の目つきとか、んなもんどうでもよさそうだ(俺を見ただけで大抵の人間は男女年齢問わずにびびるもんだが)

 見た事ねー女。


「すぐに冷やした方がいいですね。近くに公園とかあります?」

「………いや、いい」


 そこでハッとした。これ以上見ず知らずの女を引っ張るのはまずい。

 さっきまで夕焼けだった空が、今じゃあ薄暗くなっている。

 しゃーねェ。笑われんのは癪だが、このまま帰るか。


「それより、もう帰れ。息子がいんだろ」

「はあ、でも貴方は」

「血くらい平気だ」

「……。それじゃ、これ使ってください。返さなくてもいいから」

「………」


 よりによって白いハンカチに、赤い血。

 返さなくてもいい、というのは正直助かった。


「それじゃあ、失礼しますね」

「ああ」


 女が来た道を戻るのを見て、俺も背中を向ける。

 コーヒーを飲むつもりで吸ってなかった煙草に手をのばした時、


「すいまっせ〜ん。ネェちゃん、ちょっとここまで案内してくんない?」

「でもねえ、私よくここわからなくて」

「あっそうなの? それなら一緒に」

「お前だけで逝け」


 助走をつけて ドガッ、と男に蹴りを入れる。

 砂埃がたったが、俺は最後まで見ずに女を連れて歩き出した。

 後ろからあがった非難の声に「うるせェ!」と一喝する。


「アンタほんとに無知だな! あんなゴロツキに、普通ついてかねーだろ。……息子が可哀相だぜ、ったく」

「む、無知じゃありません。………ただ、まだ、この世界に慣れてなくて」

「あ? なんか言ったか」

「! いいいいえ、なんでも」


 最後がぼそぼそと呟いていたが、別に気にならない。

 とにかく、もし一人で帰らせたら、翌日 新聞に失踪だの強盗だので写真があげられる気がする。

 職業上、そして世話になった以上、放っておけるはずがなかった。

 そして女を見送った場所を見て、俺は 呻いた。


「……………アンタ、万事屋のメンバーか」

「いえ、 居 候 です」


 居候、という部分に変な強調がかかる(なんだそりゃ)

 どうやら銀ちゃんっつうのは本当にあの銀髪ヤローの事だったらしい。

 そう思っていた俺を振り返って、女は背筋をのばすと 凛とした態度で名乗った。


「よし……名無しさんと申します。今更ですけど、ここまで送ってもらったのに名無しの権兵衛じゃいけませんから」

「なんか古くねーかそれ」


 今の時代に女の口から「名無しの権兵衛」を聞くとは思わなかった。

 俺はなんとなく言っただけだが、相手は何かが気にくわなかったようで、ぶすっとした表情になる。

 が、結局 俺の名を聞く事もなく、深々と一礼して階段をのぼっていった(いや別に聞いてほしかったわけじゃねーし!)

 それを見届けて、今度こそ俺は帰路につく。


「……名無しさん」


 どっかで聞いた事あるかもしんねーと思いながらも、やっぱり考えるのは、どんなハンカチを買って返そうか、という事だった。




 
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