TWO!
□ TWO!14
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ある日の昼時。
スーパーを出て早速ふう、と息をつく名無しさんの両手には、大量に食材が入った、ビニール袋が一つずつ。
「やっぱり、荷物持ちがないとキツいわねえ」
9月に入ったというのにまだ残暑が続く。名無しさんは額の汗を手の甲でぬぐうと、近くの公園に避難した。
万事屋までは遠いから、少しここで一休みしよう。そう思って木陰のベンチを探したものの、ほとんどのベンチが満席だった。
開いていたのは、一つだけ。それも、黒ずくめの服に身をつつみ、逆三角形のサングラスをかけ、耳にはヘッドフォンをしているという、できれば近付きたくない男が独りで座っていた。
だが、名無しさんは「みんな子供」精神の為、遠慮なくそちらに向かって歩き出した。
「失礼しますね」
聞こえてるかしら、と思いながら一声かけて、堂々とベンチの三分の二を占領する。そのあたりは、オバチャンじゃないだろうか。最も、三分の一は自分で、もう一つのスペースは荷物なんだけれども。
袖口からハンカチを取り出して、汗ばんできた首にあてる。このハンカチは、あの真選組の男にもらったものだ。派手すぎず地味すぎず、生地も使い心地がよくて名無しさんは気に入っていた。
「………(懐かしい)」
ちょうど目の前の噴水で、子供たちがワイワイとはしゃいでいた。
あの小ささは、この時代に来る前の銀時たちと同じくらいだ。
そういう部分は、今も昔も、変わらない。子供はいつだって子供で、純粋で、素直で、
「おかーさーん!」
お母さんが、大好き。
かつてあの家で、そう呼ばれていた自分は、本当に幸せだった。
……ただ残念な事に、同居している息子は反抗期なんだけど、そう思うとため息は自然と出てくる。
そんな名無しさんの耳に、かすかな音が聞こえてきた。
その小さな音をたどっていくと、それはどうやら隣の男からのようで、詳しく言うとヘッドフォンから流れてくる音楽だった。
しかし時代が違う名無しさんは、それがなんなのかわからない。
「…………」
男をちらりと見ると、前方を凝視しており、微動だにしていない。目を隠しているためどこを見ているのかは不明だが、とにかく顔は前を向いていて、先ほどから腕組みをしたまま動いていない。
名無しさんは訝しんで、ためしに男の眼前で手のひらを軽く振ってみた。見えているならば、こちらを向いてきたり声を出すだろう。しかし男に反応はなかった。
ますます謎に満ちた男だ、と名無しさんは眉をひそめる。公園に不審者が集まりやすい、と銀時に言われた言葉を思い出す。うんうん、確かに不審者だよね、これ。だって目を隠してるし、黒いもの耳につけてるし。不審者といえば黒だもの。
だが、それよりも名無しさんが興味をもって仕方がないのは、この男を見る事になった理由だった。音だ。
近付けば近付くほど音が聞こえやすくなってきて、名無しさんはようやく、耳を塞いでいるものから流れているんだと気づいた。
「大きすぎやしないかしら、これは……」
ヘッドフォン越しに聞こえる音は、よほどの大音量だろう。
難聴になったらどうするつもりなのかしら、と呟いて、名無しさんはその男のすぐ隣に座った。勿論外す為だ。
しかし、音の中から女の子の声で、「お前の母ちゃん何人だ〜!」と聞こえてた事に、衝撃を受けた。
「(なんて教育によくない暴言なのかしら!!)」
いったいどんな歌なんだろうと思い、その物体に耳を押し当てる。
だが、それは数秒で終わった。
「…………」
「………」
「………拙者に何か用でござるか?」
突然降りかかる声に、名無しさんはハッとする。慌てて男から離れると、苦笑いしながら離れた。
「ごめんなさいね、邪魔しちゃって。ただ、音量はもうちょっと下げた方がよろしいんじゃないかしら」
「拙者はこの大きさが良いでござる。心配無用」
「………強情だこと」
ほう、と息をついて、元の位置に戻る。
汗もひいてきた事だし、そろそろ帰ろう。そう立ち上がった名無しさんはもう一度その若者に目を向けた。
その男は、いつの間にかどこから持ってきたのか、三味線を手にしていた。そして足を組んだまま、ベンベンと小さく音を出し、口ずさんだ。
「お前ーそれでも人間かーお前の母ちゃん何人だー」
「…ちょっと待って」
「………まだ何かござるか」
サングラス越しでも、嬉しそうな目でない事は確かだ。
それでも、弾きながら男は名無しさんの言葉を待った。
「その歌、誰がつくったの?」
「それを知って何になる」
「抗議するのよ」
音が止んだ。
男は三味線から顔をあげると、名無しさんを見る。
口元がかすかにあがったが、名無しさんは気づかなかった。
「ちょうど拙者はその奴と面識がござる。良ければ伝えておこう」
「あら、そうなの。それならお願いするわ」
ちょっと待ってね、と名無しさんが懐から取り出したのは紙とペンだった。今日何を買うかメモをしたその裏側に、躊躇なく抗議文をつづり、「はい」と渡すのはやっぱりアレではないだろうか。
「それじゃ、頼みますね」
「確かに承った」
にこりと微笑んで、今度こそ立ち上がると名無しさんは荷物を持ち、公園をあとにしたのだった。