モラハラ2
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朝。
暑い日差しから逃げるように、廊下の端を歩く。すぐ横に広がる庭が、気のせいかゆらゆらと揺れて見える。
この夏は各地で日照りが相次いでいるらしい。手元に握られている、その報告が書かれている紙に目線を落とし、自然とため息をつく。しょうがねえ、金はかかるが井戸を新しく掘るしかねぇか……
「おはようございます!!」
思考回路をさえぎるほどのでけぇ声に、これ以上ゆるまないだろうと思わせるほどの笑顔。名無しさんだ。なんでこいつあんな上機嫌なんだ? しかも朝っぱらから。
どうも俺はあいつに対してそのままの表現ができねー体質らしい。こちらも相手と同じくらいにたりと笑って皮肉の一つでも言ってやりたくなり、「Hey!」と口を開いた。
「そんなに口裂けさせて、いったい何があったんだい?」
「え゛?!! ちょっわたしそんなに口裂けてます?!」
慌てた名無しさんは口元に手をやるが、すぐにそんな非現実なことあるはずがないということに気づいた。みるみる赤面し、「政宗さんん!!」と吠える。相変わらずにぎやかな奴だ。
「まっいいや。それより政宗さん、小十郎さん見ませんでした?」
「朝から畑仕事だ。あんたも大変だな、朝から何指示されてんだ」
「え? 指示?」
目を丸くした名無しさんは、首をかしげながら「指示なんて受けてませんよ」と返答した。妙な話だ、こいつは進んで小十郎と一緒になろうとする輩ではない。もしくは何かの用事か? だがそれを尋ねても返事はNo.だった。
「会いたいからに決まってるじゃないですか」
一瞬、涼風が止んだ。
日夜小十郎の愚痴をこぼすこの女が、小十郎に会いたい、だと。
「お前…………………何食った?」
「さっきからいちいち心外ですね政宗さん!! ていうかメニューみんな一緒でしょ、一緒に食べてるんですから。それともなんですか? わたしがなんの用事もなしに、小十郎さんに会いに行っちゃいけないってんですか?」
「………」
その、言い方に、ああ、そうだ、俺はこの言い方にいらっとしたんだ。
気づけば無遠慮に名無しさんの股を蹴っていた。すぱぁんといい音が廊下いっぱいに響く。名無しさんには悪いが、胸がすっとした。
いっぽう、名無しさんは廊下に寝転んで、女らしからぬ声で絶叫している。
「オギャアアアアアア!! いっいってぇぇぇぇ!」
「Sorry,ついやっちまったぜ」
「やっちまったぜじゃいから! どっかのギャグマンガの編集者気取りしないでくれます? そうやって語尾移そうとしても無駄なんだぜ?!って移ってるし!」
「あーあー悪かった」
ぎゃあぎゃあと喚く名無しさん(まあこうしたのもなったのも俺に原因があるわけだが)だったが、かがんだ俺の背中越しに何かを見つけたらしく、目をくわっと見開いた。
そして、今の今まで「死ぬううう」なんてごろごろしてやがったくせに、あっという間に立ち上がり着物を直す。なんだこいつ。今日のこいつ、腹立つな。
だが、名無しさんが向かった先、つまり俺の後方にいる人物を見て、それどころではすまなくなった。
「小十郎さあああああん!」
あの小十郎に思い切り抱きつく名無しさんと、それを全く拒絶することなく受け入れる小十郎、がいた。それならまだましだ、
「やっと起きやがったな」
「えへへ、ごめんなさーい」
声のtoneが違う。なんだあの声、久しぶりに聞いたぜ。少なくとも名無しさんといる間、あんな声は一切聞いたことがねぇ。
そして小十郎はなんのためらいもなく、名無しさんの背中に腕を回した。
その瞬間、
「あーっ筆頭、探しましたぜ! こないだの……って、ちょっとそれェェェェェ!!!」
「Ah? なんだ」
「そ、その紙ぃぃ!! 相手に返すやつじゃねーんですかい!?」
ふと手元を見れば、さっきまで立派な書物、だったもの。
今は塵芥となって、風に吹かれ俺の手から旅立っていた。
「ちっ……」
俺としたことが、coolじゃねえ。たったあれだけの動作に、いちいち反応してんじゃねーよ。
「政宗様、如何なされた!」
「あーらーらー、やっちゃいましたねこれ」
さっきの紙でしょ?と言う名無しさんの頭に、残っている紙吹雪をぐしゃぐしゃと押しつける。くそっ、今はこんなことで頭を働かせている場合じゃねえのに。
そんな俺のいらだちを、小十郎は見過ごさなかった。ただし、理由まではわからねーらしく、
「今から書き直せば良いこと。内容はこの頭にしかと入っております」
「えっマジですか小十郎さん!? かっこいいいい!」
「………そうかい。じゃあ頼むぜ小十郎、俺ぁちーと頭冷やしてくる」
「……政宗様? 何かございましたか」
「Don't worry.」
今はあんたらを見たくねーんだ。それに、こんなのは俺じゃない。
………俺じゃ、ない。
「……夢だといいんだがねぇ」
逃げる視線の行き場所は上しかなくて、青空をにらみ付けた。
妙に空が青い。
その青さに違和感があった。
なんだ?
思わず身を乗り出した時、本当に間抜けなことに、廊下の幅を考えちゃいなかったんだ。
踏み出した足が、木の板を踏みしめることなく、宙に浮いた。
「政宗様!!」
「政宗さん!!!」
二人がほぼ同時に叫び、こっちへ向かってくる。
体がゆっくりと反転し、自然と名無しさんの方へ目が向いた。小十郎より一歩早くこっちに駆け寄っている。Ha,さっきまで小十郎とべったりだったくせにどうなってんだ。そう頭は言うが、なぜか勝ち誇る自分もいやがる。
それにしても、なんだ? あいつの着物、あんなに赤かったか? 色がどんどん変わって………
「ぐあっ!!」