巡礼

□奈良〜東大寺にて
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次に向かったのは、二月堂――


 


見上げると、舞台の欄干に腕を預け空を眺める人や、
望遠付きのカメラを設置し夕焼けを待つ人々がみえる。
直江も手前の長い石段を上り、まずは正面に手を合わせた。
振り返る。

(ああ……)

眼前に広がる眺めに目を細めた。
すべてが懐かしい。
夕暮れのこの回廊の雰囲気も、望める景色も。
繁みの向こうに大仏殿の屋根がのぞき、その向こうにはどこまでも空。
下方には奈良の街が一望できる。


 


日中に雷雨をもたらした厚い雲がちょうど太陽の沈む方向にとどまっており、
どうやら今日は一面の夕焼けを拝むのは難しそうだった。
あきらめて降りていく人々もいたが、
直江はそれでも、柱にもたれ、刻々と移りゆく空を眺めていた。
眺めながら、想いを馳せる。


(あの時の空とは違う……)

けれどもいまのこの空も二度とは見られない。
あなたを想う私の気持ちもこの空のように、

 はじめは反撥、
 つぎに尊敬し、
 いつしか憧憬し、
 そして崇拝もし、
 憎悪も抱き――

あらゆる感情に色を変えかたちを変え、
長い長い時間(とき)を彷徨(さまよ)ってきた。
けれどもあの空のように、
あなたに対する想いは途切れることが、ない。
どうあがいてもいつも最後に残っているのは、

 アナタヲ愛シテイル……

この想いだけは途絶えない。

(高耶さん……)

あなたなら。
あなたなら、この空を見てどう感じるでしょうね。
なんというでしょう。
私の想いをどう受け止めてくれるでしょう。
叶うことなら、あなたとともに飽くまで眺めてみたかった……。

胸にそっと手をあててみる。

(………)

最愛のひとの魂が、ここに在る。
あなたをこの胸に抱いて、この地上に生きてゆけることに私は、幸福を覚えています。

――あなたの大地を忘れてしまわないように……

ふと、さいごの戦いの日々に贈った言葉が思いだされた。
そう、

(あなたの大地として、私は生き続ける)

そしていつの日か、私という魂に与えられた命の終わりがきたならば。
そのときはともに、
この空へ還りましょう。


 


永劫の宇宙(そら)へ。


(どうかそれまでは、私のなかで安らかに――…)






優しい夜気が太陽のほてりを鎮めゆく。
気づけばお堂の燈籠にもあかりが灯っていた。
もう一度この景色をしっかり刻み込み、直江は歩きだした。
北側の木の登廊を下り、そのまま裏参道へ。土塀と石畳の趣ある道だ。
大仏殿の脇を通り、南大門への広い参道へ出る。
隣接する駐車場には、もう自分の車しか残っていなかった。
キーをさしこみ、滑らかに発進させる。


迷いのない瞳を前に向け、静かな夕暮れの道を直江は走る。
ひとと明かりの雑踏のなかへ。


生きてゆく、世界へ。



END


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