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□赤い月夜に生まれし者
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2.



「なッ…安田っ! なにを――っ」

景虎を押し倒していた。四肢を押さえつける。

「くっ…」

もがくがびくともしない。
宿体である速之助の体躯は細身だったが、意外なほどにチカラがある。
景虎は更に怒りを込め、色素の薄い双眸を睨みあげた。
そんな景虎を、長秀は観察でもするように見下ろし続ける。



生前の景虎は、美貌の誉れ高かった母によく似ていたという
眉目秀麗な容貌をしていた。
北条という名家に生まれ育ってきた気品とプライドが全身から放たれていた。
容姿と出自だけが武器の「こわっぱ」――そう思っていた。
しかしこの御曹子、なかなかどうして。

(いい面構えをしているではないか)

特に「眼」が。
高潔で傲岸。
貫くように鋭い、名刀の一閃のような眼差しをする。
そして貫かれてもなお。
逸らすことができぬ磁力のような吸引力はなんだ?

探るように覗いていると、背に束ねていた長い髪が肩口からはらり流れ落ちた。
その毛先が景虎の頬をかすめた刹那。
刃の瞳が揺らいだ。
しかも。

(震えている――?)

押さえ込まれて身動きとれぬ肩や、
歯を砕きそうなほどに噛みしめられたくちびるが。
かすかだが震えている。
よくよく見れば、あんなにも紅潮していた顔からは血の気も引いていた。

(この者……)



――美しいものは欲しくなる。
――清いものは汚したくなる。
――高みにいるものは堕としたくなる。



男なら誰もが抱いているであろう獲得欲。征服欲。
もしや……。
もしやこの者、性でその欲望を満たし優位を示そうとする下衆[ゲス]な輩[ヤカラ]の
餌食にでもなったことが――…

「景虎殿、そなた、」

「はな…せッ――安田長秀!!」

「うっ…ッ」

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