other…

□赤い月夜に生まれし者
2ページ/5ページ


1.



 や……めろ…ッ、
 はな…せ、あ…あ…、
 アアアアァ―――…!!!


闇をもつんざくような悲鳴をほとばしらせ。
彼はそこで目を覚まし跳ね起きた。
ひどく呼吸が荒く、ふきだす汗で夜着も髪も肌に張りつくほどに濡れている。

「――景虎殿」

うなされる様を、腕を懐手に戸板にもたれじっと眺めていた安田長秀は、
そこでようやっと声をかけた。

「大丈夫か」

「………安、田…」

はぁ…はぁ…と浅い呼吸を繰り返しながら、

「ああ…」

景虎はわずかにうなずいた。
長秀は瓶から水を汲んでくると、柄杓[ヒシャク]のまま景虎の目の前に差し出した。

「飲まれよ」

「……すまぬ」

言って受けとると、景虎は喉を鳴らして一気に飲み干した。
ぐいと口を拭う。
一心地ついたというように大きく息を吐き出したところで、
長秀はもうひとたび問うた。

「大丈夫か」

「……大丈夫だ。なんでもない」

景虎は同じ答え[イラエ]をよこしたが、あのうなされよう、

(なんでもないはずがなかろう)

尋常ではない暴れ様だった。
あごをのけ反らせ思いきり首を左右に振り、
なにかを押しのけるように腕を突っ張り掻きむしる仕草。
脚はがむしゃらに上掛けを蹴り剥がしていた。

そういえば……、

「景虎殿」

「?」

「貴殿、月の夜にうなされることが多くはないか。
 ことに――今宵のような赤い月の晩は」

「!」

その言[ゲン]に景虎がびくっと身を震わせた。どうやら的を射たらしい。
まだ整わぬ呼吸に胸を上下させながら、
毛を逆立てた獣のごとくギラリと睨みつけてくる。
行灯に照らしだされるその表情――

(ほぅ…)

長秀が動いた。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ