巡礼

□奈良〜東大寺にて
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ここで――
己の犯した過去を見つめ、
ようやく再会できた景虎を――出会って間もない高耶をおもい、
ただただ想い祈っていたのはほんの数年前のことなのに……。

(もう、ずいぶんと遠い昔のことのようだ――)






直江信綱は奈良へ来ていた。
あの時と同じ季節。
暑さもようやく鎮まり、鹿が群れをなしてねぐらに帰りはじめる時刻の東大寺へ。


なにも考えずとも、足は同じ道順をたどってゆく。
南大門から大仏殿へ向かう途中で右手にのびる二月堂参詣道を進み、
みやげ物屋の並びを通り、着いた場所は三月堂――。


 


あの仏たちがいる。
入口の前にある柳の下で一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、拝観料を払い中へ入った。
閉館間際のため戸締まりが始まっており、
蛍光灯の明かりもなく堂内はかなり暗かった。
そしてとても静かだ。
十六体の巨大な仏たちがおわす、けして広いとは言えぬこの空間。
異世界へ足を踏み入れた心地になる。

暗さに目が慣れるとようやく、
年配の女性がひとり、合掌し月光菩薩像と向かいあっているのに気がついた。
直江も、邪魔をしないようそっと中央の不空羂索観音像の正面へ進みいで、
瞑目し手を合わせた。

しばしのち、自分を見下ろしてくる仏たちを仰ぎ見て思う。
観音像に金剛力士像、四天王像……。
なぜだろう、対峙しているといつも、自分の生きた道を、
してきた行いを曝(さら)され問い詰められ、あんなにも恐ろしくあったのに。
いまは、恐怖を感じることなく真っすぐに見つめることができる。

心静かに見上げていると、月光菩薩像の前にいた女性が出口へ向かった。
今度は直江が月光菩薩像と向かい合う。
ひたすら穏やかで、優美で、けれども一本強い芯の通ったそのたたずまい。
いつ訪れても重なるのは、自分を救ってくれる唯一の存在だったはずの女性の面影。
直江は心のなかで語りかける。

(あのひとは、いまも俺とともにあるよ……)

肉体はないけれど、魂はたしかにまだ。

――これでよかったのか。
――他に道はなかったのか。

いまだにそんな自問をつきつけるとしても、

(俺たちは、精一杯生き――)

と、

“それでいいのよ……”

頭上から聞こえる、いや、感じるやわらかな声。

“あなたたちは、お互いに最良と思える道を貫いた”

覚えている彼女の声音で。

“あのひとと、生き抜いてくれてありがとう……”

それはまるで赦しの言葉。
救いの、言葉……。

「っ――…」

たまらず目頭が熱くなる。

直江は無心に合掌し、三月堂を、あとにした。


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