ANNIVERSARY

□2005/12 クリスマス
1ページ/2ページ


「付き合わせてしまってすみませんでした。せっかくのクリスマスイブなのに」

言って、ハンドルを握る直江はちらりと隣を見遣った。
助手席の仰木高耶は、正面を向いたまま「いや」と小さく首を振った。




東京で霊たちの不穏な動きがある、との情報に、
きゅうきょ夜明けから調査に出向いていたふたりだ。
心配していた怨将による騒ぎではなかったため、簡単な除霊を施して終了した。
そうしてその後、「電車で帰る」と頑張る高耶を
なかば強引に送り届ける道中である。ウィンダムで。


怒りオーラを醸しだしている高耶に、直江はそっと溜め息をついた。

「高耶さん、なんでそんなに機嫌が悪いんですか」

「………」

「高耶さん?」

「……わざわざ送ってくんなくてイイのに」

「まだ言いますか」

「だって」

だって、俺なんかよりおまえの方こそ『せっかくのクリスマスイブ』なんじゃねえの?

「女、迎えに行かなくていいのかよ」

ああ、そういうコトか。ようやく得心がいった。
高耶が頑なに直江の申し出を拒んだのは、自分に気を使ったからなのだ。
しかし、と直江は苦笑した。

「無用な気遣いですよ、高耶さん。私はそういう過ごし方はしません。
 実家が実家ですし、……相手がいませんから」

本来クリスマスとは、キリスト教徒がキリストの誕生を祝す聖なる日だ。
実家が寺である直江には縁が薄い。
それに愛する人とその日を共に祝う――というのもわからないでもないが、
そのような人間はいなかった。

(あなた以外に……)

そんな直江の想いをよそに、高耶は「うっそ、マジ?」などと無邪気に笑っている。

「おまえってこーいうイベント得意そうなのに」

「どんなイメージですか……」

直江は脱力しつつ、微笑した。

「じゃあせっかくですから、音楽でもかけましょうか?」

「赤鼻のトナカイとかはやめろよ」

くすっと笑った直江がCDを再生すると、聞こえてきたのは、

「聖歌…?」

「――ともちょっと違いますね。
 ポップスをグレゴリオ聖歌風にアレンジしたCDなんです」

グレゴリアンというらしい。
言われてみれば、たしかに聞いたことのある曲だった。
80年代に流行った映画の曲だったか。

「へーぇ。……いいな」

重苦しくもなく適度にリズミカルで。
重唱なのにまるで染み入るように透明な歌声が心地よい。
『癒し』の感覚。

「意外。おまえ、こーいうの聴くんだ。坊主のくせに」

「だからどういうイメージですか」

さっきから高耶には苦笑させられっぱなしである。
僧侶である自分にクリスマスは得意だろと言うかと思えば、聖歌は意外だと言う。

(なんなんだかな……)





しばらくすると、目をつむり音楽に身を委ねていた高耶はそのまま眠ってしまった。
かすかに、規則正しい寝息が聞こえる。

(BGMが増えたな)

直江はひどく優しい気持ちで高耶を見つめた。
思わず笑みが浮かぶ。
高耶の寝顔は穏やかで、そんな安らいだ表情を与えられたことが、
そんな高耶のそばにいられることが、単純に嬉しかった。


至福の空間をまもりながら、ウィンダムは一路松本へ向かう。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ