ANNIVERSARY

□2005/07 高耶さんBirthday(後編)
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「へー」「うひゃー」「おおっ」――

旅館に着いてから、高耶の口から出てくる言葉はだいたいこんな感じだった。
老舗高級旅館として名高い某宿。
ここの女将とうちとけた様子で挨拶を交わす直江に「まさかよく来んの?」ときくと、

「ええ」

「……」

昔から橘家が懇意にしていて、年に一回は家族で世話になっているらしい。
しかも今日泊まる部屋は、最高ランクの“昔の茶室を改築した離れ”だという。
小さいが露天風呂までついているというから嬉しいが驚きだ。
寺とはそんなに儲かるのか?

「おまえんとこの寺って、なんかヤバイことでもしてんじゃねーだろーな」

「してませんよ」

直江は苦笑した。



本館で食事を堪能したのち、いざ離れへ。
真っ先に目に入ったのは、玄関の上がりに飾られた百合の花。
どうやら持参した花を食事の間に飾るよう、直江が頼んでいたらしい。
ぬかりのない男である。
そして「うわ、なんだアレ!」と高耶の最大の関心を引いたのは、続きの間の障子戸。
よくある格子ではなく、大きな丸い枠なのだ。

「円窓というんですよ」

「へ〜。おもしろいな」

人の「家」では見たことがない。
高耶は近づき障子を開けた。と、

「あ」

息をのむ。
どうしました? と直江も高耶の後ろからのぞきこんだ。
開けた円窓の向こうには、一輪たたずむ鉄砲百合。こんなところにも飾るとは……

「みごとですね」

直江は称賛した。
がしかし、高耶はなぜか、痛そうに目を細めた。







(ずいぶん時間をくってしまったな)

直江は渡り廊下を急いでいた。
高耶が部屋付きの露天を使うというので、本館の大浴場へ行ってきたところだ。
以前「あなたと同じ湯に浸かることはできません」と宣言したのを覚えていたのか
高耶は引き留めなかったが、逆に本館で思わぬ足止めをくらってしまった。

(おや?)

部屋へ戻った直江は、どこにも明かりが灯っていないことに疑問を抱いた。
高耶がどんなに長風呂だったとしても、いいかげんあがって寛いでいるころだろうに。
と思いながら奥へ進むと、彼はいた。
座敷から庭に張り出した広縁に。

晴れた夜空。
昇りはじめたばかりの立待月。
そして片膝をたて支柱にもたれ座り、月明かりを浴びる高耶。

――どきっとした。

「遅かったじゃん」

そのままの姿勢で、高耶がこちらを見上げた。

「あ、ええ、すみません。
 本館で顔見知りの仲居衆につかまってしまいまして」

狼狽した直江の様子に高耶は笑った。いや、原因はあなたなのだが。
直江は悟られないよう身をひるがえすと、
シャンパンと二脚のグラスを手に戻ってきた。
高耶の隣に腰をおろし、弾ける液体を注ぐ。
今日は特別ですから、とひとつを高耶に渡し、

「あらためて。誕生日、おめでとうございます、高耶さん」

「……サンキュー」

口に含んだシャンパンは、冷たくて、ほのかな甘みと酸味がうまかった。

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