ANNIVERSARY

□2005/05 直江バースデー
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――次の桜に……届くかな……。



満開の桜並木を歩きながら、直江は氏康から聞いた言葉を思いだしていた。

次の桜に届くかな――

父から余命半年の宣告を受けたとき、景虎……仰木高耶はそう、つぶやいたそうだ。

(そういえば)

ひときわ大きく伸びやかな枝ぶりを見上げ、ふと思う。

(高耶さん、あなたと、桜を眺めたことはありませんでしたね……)

唯一の桜の季節、――信長が復活した広島・萩の『楊貴妃』事件のころ。
自分は景虎から逃げていたから。

あのときあなたから逃げなければ、
あなたから離れなければ、
さらなる別離はなかったかもしれない。
あなたを、狂わすこともなかった……!

もう幾度目になるかもわからぬ後悔に囚われ、苦しげにうつむきかけたとき、



 ホワ――…



胸のあたりに熱を感じて、手をあてた。
内に在る景虎の魂が――
ときおり、負の思考で直江が沈みそうになると、
こうして励ますように癒すように、温かくなるのだ。

(高耶さん……)

直江はもう一度桜を仰ぎ見て、胸の奥へ語りかける。

(今年の、桜です)

見ることはできなくとも、あなたにも感じられますか?
はかなくも強い、
美しさが。
生命力が。



 サァ―――……
 
 風 吹き抜け、
    薄紅の花吹雪



直江は眼をみはった。
舞い散る花びらに見えかくれする人影。
それは少年というには大人びた、しかし青年というにはまだいくらか若い、
均整のとれたしなやかな体つきの若者。
霞の向こうの後ろ姿でもわからないはずがない、
最愛のひとの、最後の換生体(すがた)。

こちらを振り返った彼の顔を見て、直江は眩しそうに目を細めた。
自然と口元がほころぶ。

「高耶さん……」

そこには、出会ったばかりのころの、はにかんだような少し怒っているような、
あの不器用な笑顔が在った。

(高耶さん)

直江も幻の高耶に微笑みかける。

(私は大丈夫)

あなたの笑顔を覚えているから。
まだ、あなたの笑顔を思い浮かべることができるから。



「私はまだ、この世界に生きてゆける」



直江の言葉を聞き届けたかのように、高耶はやわらかく微笑した。
その口が言葉をつむぎ、やがて、舞う花びらとともに消えた。
最後のひとひらを掌に受ける。



――直江…………
――生きていてくれて、ありがとう……



景虎の、高耶の想い。
そっとにぎりしめ、直江は歩きだす。



桜の先の、季節へ――






END


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