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□大切なもの
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 高耶が待ち合わせのロビーへ向かうと、直江はゆったりとソファに座り煙草を吸っていた。

「悪い、遅くなった」

 近づきながら謝る。約束の時間より10分の遅刻だ。
 だが、直江はいえ、と言って煙草を消すと、小さく微少した。

「高耶さん、わざとでしょう」

「なにが」

「遅れたの。私に、一服する時間をくれたんでしょう?
 すみません、ありがとうございます」

 そう言われて、高耶はハッとしたあとバツの悪そうなかおをした。
 べつにかまわないと言っても、自分の前では喫煙しない直江だ。
 今日は一日じゅう休憩する間もなくともに行動していたし、
待ち合わせの時間に直江の方が遅れてくることはめったにない。
 だから、食事の前に少しでも直江に時間をやるなら自分が遅くゆけばいい、と
さりげなく気を使ってみたのだが――

バレていたとは、妙に気恥ずかしい。

「――べつに。ただ遅れただけだ」

 ぶっきらぼうにつぶやいて、高耶は目を伏せた。と、

「あれ? それ……」

「? なんですか?」

「タバコ、変えたのか?」

 高耶の視線がとらえたのは、テーブルの上に置かれている煙草の箱だった。
 いつも直江が吸っているのと、違う。
 高耶の言わんとしていることに気がついて、ああ、これですか、と直江はそれを手にした。

「同じですよ。ただ、パッケージのデザインが変わったみたいですね」

 なんでもないようにそう言って、直江はそのボックスタイプの煙草をスーツの胸ポケットにしまったが。

「え……」

 変わった…?
 高耶は小さく驚き、沈黙した。

「――、なにか?」

 直江が問う。

「……。前のハコ。ねぇの?」

「箱…ですか。さっき最後のを部屋のくずかごに――」

「くれ」

 おもわず強い口調になっていた。
 意味がわからなかったのだろう。はい? と問い返す直江に、高耶はもういちど言った。

「それくれ」

「はぁ…。しかし、捨てたものですよ?」

「いい」

「そんなものいったいどうするんです。あ、こっち(新しいの)では駄目なんですか?」

「……」

 直江が不可解におもうのもわかる。が、あれがほしかった。
 あれじゃないと意味がないのだ。

「いいからくれ」

 神妙な面持ちで直江を見据え、高耶は繰り返した。


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