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□燃ゆるは季節ばかりとなかりけり
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 カサ…
  カサ…


歩みを進めるごとに足元で鳴る乾いた葉音。
山をおりてきた秋の深まりが里の道にも訪れ、
そこここを鮮やかな紅や黄色に染め上げていた。
それこそ燃えるような彩りの季節。


 カサ…


「景虎様」

先頭を行く直江が振り返る。

「少しばかり急ぎませんと日が――」

暮れてしまいまする……
と最後までくちにすること叶わず、目にした光景に直江は息を飲んだ。
歩みを止めた。

二間ばかりうしろ。
悠々と歩く景虎の姿が、
枝々の合間から降りそそぐ黄金色の光のなかにあった。――美しかった。

彼は道ばたの木々の葉をかすめるように触れながら、その一葉をそっともいだ。
それは真っ赤に色づいたちいさな楓。

「赤子の手のようだ……」

言って景虎は指先につまんだその葉を口元にあて、
まるでくちづけるようにまぶたを伏せた。
愛おしげに微笑を浮かべたその表情。――とても美しかった。

まばゆい光に包まれいっそ神々しいとすら言えるその姿。
平伏したくなるよな散らしてやりたくなるよなその――。

直江の躯をめぐる血が強く脈打つ。
眩む――…





と、ふいにすぐ間近から景虎の声が聞こえた。

「おまえには深い赤が似合うな」

いつの間に目前に立っていたのか。
両眼をすがめ自分を見上げる景虎がそこに居た。

「おまえには、秋の赤がよく似合う」

景虎はもう一度言い、上を指差した。
見上げれば、赤々と葉をつけた枝を道なかまで伸ばした見事な紅葉(もみじ)。

はて、そうだろうか、と眺めていると、

「…?」

景虎が、やおら手にしていた楓を直江の懐に挿した。そして

「急(せ)くなよ。紅葉(こうよう)の美しい時期は短い」

季節の移りを楽しまないでは生きている時の流れもわからんだろう?
と、にやり笑み、彼はまた悠々とした足取りで歩き始めた。

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