other…
□声
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小さなランプが点滅する携帯電話。
着信に気付いて通話ボタンを押そうとした瞬間に途切れたコール。
直江はディスプレイを確認して目を細めた。
━━━━━━
TAKAYA.O
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着信時間は2秒。
あきらかなワン切り。
――まるで追いかけてこいと言われているようだな。
直江は口元に苦笑を浮かべリダイヤルした。
Turrrr・・・
Turrrr・・・
Turrrr・・・
伝言メモのメッセージが流れる。
いったんコールをやめ再度かけ直すと今度はワンコール。
・・・Pi.
しかし応答はない。
うかがうような息遣いだけが感じられる。
「――高耶さん。どーしました…?」
『――…』
なにをためらっているのか、高耶から言葉はない。
こんなとき、無理に話させようとしても無駄だと直江にはわかっている。
かといってじゃあ、と切るわけにもいかない。
だから、
「高耶さん。せっかくなので、少し、私の話に付き合ってもらえますか?」
直江は今日の些細な出来事を話し始めた。
□
「――で、私はそのまま母親に怒られることになったんです。
袈裟姿の坊主が割烹着姿の母親に説教されるなんて、」
なんだか情けないですよね……。
とそこで、直江の耳に、電話の向こうからふっ、と小さく笑う声が届いた。
そして、
『おまえも、お袋さんには弱いんだな』
小さいが、笑いを含んだ高耶の声。
直江も微笑する。
「やっとあなたの声が聞けた。……どうしましたか?」
『いや…』
いいんだ、なんでもない。高耶は静かにそう言った。
『おまえの声聞いたら、落ち着いた。だから、いいんだ』
「高耶さん……」
もっと頼ってくれていいんですよ、と、直江としては物足りない思いだが。
高耶がいいと言うのなら、とその言葉を飲み込んだ。
しかしせめてもと。
「私の声でよければ、いつでも」
素直に、真摯に、そう告げた。
『ああ。サンキューな、直江』
そう答える高耶の声には、さきほどよりも張りがある。
『もう大丈夫だから。――おやすみ…』
「おやすみなさい、高耶さん」
よい夢を――…
高耶が切るのを待って、直江も終話ボタンを押した。
――精神安定剤のようだな。
直江は苦笑いしたが、「それでいい」と思う。
あなたを追いつめるのではなく、
あなたを癒すことができる自分でありたい。
これからも、
このまま――…
END
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