other…

□ヒグラシ
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 カナカナ
   カナカナ――…



黄昏れ時。
いっせいに鳴きはじめたヒグラシに、

「夏も終わりですね……」

「そうだな…」

直江と高耶は足を止めた。
調査におもむいた山中。やはり木々が多いためか、
鳴く声の量もハンパじゃない。



 カナカナ
   カナカナ――…



なんかヒグラシってさ、と高耶が口を開いた。

「悲しくなんねえ? 聞いてっと」

「悲しく…?」

「ああ。別に夏がすげえ好きとかいうわけじゃねーんだけどさ、
終わるんだなーと思うと、もっかい戻りたいなー、みたいなさ」

「………」

「なんか……そう、『還りたい』っつー感じ……」

そう言って耳を澄ますかたわらの高耶を直江は見つめた。
夕日に照らされる高耶の横顔。その眼差しははるか遠くへと向けられている。
その横顔に、「還ってきてください」と直江は言った。

「え?」

不思議そうにこちらを向いた高耶に、直江はもう一度言った。

「還ってきてください……」

私のもとへ。

「私はいつでもあなたを待っていますから……高耶さん…」

「ばっ――」

――かやろう、なに言ってんだよ!
妙に恥ずかしくて怒鳴ってやりたかったが。

「――っ」

とらえた直江の表情があまりに真剣で、
高耶は言葉を発することができなかった。

「………」

「………」

高耶は思う。
直江は何故こんなにもつらそうな、
なにかを堪えているような表情(かお)で自分を見つめるのだろう……。

直江は思う。
近い将来、景虎の記憶はきっと甦る。
それは待ち望んでいることだが怖れていることでもある。
しかし還ってきてほしい。自分のもとへ還って…きて……。

直江は左手を持ち上げた。
そっと、自分を凝視する高耶の頬へ触れた。

「直江?」

瞬間――



 カナカナ
   カナカナ――…




ふいにひときわ大きく鳴いたヒグラシに我にかえった。

「――行きましょうか」

一瞬にしていままでの表情を消し去り微笑を浮かべる直江に。

「――ああ」

高耶もうなずき、ふたりは歩きだした。

空は茜から群青へと変わりゆく。
風はほんの少し冷たさをはらんできていた。





車は静かに発進する。
遠ざかるヒグラシ。

ひとつの季節が、終わりを、告げる――



 カナカナ
   カナカナ――…





END


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