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□新月ノ夜…
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「どうしました……?」

明かりもつけず空調の音すらもない室内。
窓辺にたたずみ空を見上げる後ろ姿に声をかけると、

「月が……」

ない――。

彼は不安そうにそうつぶやいた。
男は彼の背後に寄り添い、

「ああ。――今夜は新月ですからね」

「そっか…」

新月――月は、太陽とほぼ同時に昇り、同時に沈む。
だから夜の間は空にない。
見ることができない。

「あなたとおんなじだ」

言って含み笑う男の気配に、彼はぴく、と肩を揺らした。
かすかに首をめぐらせ、

「なにが」

「闇に隠れてる――いや、隠している」

「なにを」

「………」

「なにも隠してなんかいない」

「………」

男はなおも無言のまま、くちびるに挑発的な笑みを浮かべている。
さらに言い返そうと彼が口を開きかけたとき。

「……!」

ガラスにあてられている彼の両の手に、男は自分の手を重ねた。
そのまま、ゆっくりと、指の間に指を滑らせ絡ませる。

「っ……」

その行為に反応する彼に、男は低く笑った。

「ほら。隠してることが、あるでしょう?」

「ない」

「嘘」

「な、いッ」

顔をそむける彼の耳朶をとらえ、男はひっそりとささやいた。

「ウソツキ」

「ァ…ッ」

甘噛みされ、思わずガラスに爪をたてた。キィ……と耳障りな擦過音。
いけない、と男がその指先を包み込んだ。
そのまま手をおろし、つかんだまま抱きしめる。

「怯えるフリ……無垢なフリ……。そんなことしなくていいから」

あなたの心からの望みを言ってごらんなさい。
きっと私にしか叶えられないでしょう――?

誘惑の言葉とともに肌に落とされるくちづけ。

「ヤ…メ……」

首筋から肩へ――

「誰も見ていないから」

――肩から首筋へ

「あなたの隠された姿を見せて。私に」

「なお――」

振り仰ぎ、抗議をとなえるはずのくちびるはしかし、男のそれに封じられた。

「んッ……ン…」

相手の言葉を飲み込むような、深いくちづけ。長いくちづけ。
いつしか、彼のからだは向きを変え男と対峙していた。

「―――」

「―――」

名残惜しげな音をたててくちびるを離し。
男は正面から彼を見つめる。
まるで魔法をかけるようにひそやかに、

「さあ……高耶さん、
 誰も見ていない……月さえも見ていないから……」

「―――」

「あなたの望みは、なに……?」

真正面から問われ、彼の瞳が潤みを増した。
降参したわけではない。
獲物を目前にした飢えた虎が、眼を醒ましただけ。

その陶然とした半眼ながら、するどい視線で。
男の唯一の絶対者は言う。
吐息のなかで強く。





「オマエガ、欲シイ」





直江――と。

直江は満足げに眼を細め、微笑した。





「――お望みのままに…」







暴きあいさらしあう素顔
闇のなかで交わる

月さえもない、ふたりだけの夜――



END


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