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□もの云わぬ月の誘惑(景虎eyes)
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夜の闇
冴え渡る晩秋の空気
視線の先の、満月―――




どのくらいの間こうしているだろう。
景虎は、夕餉のあと独り縁側で月を眺めていた。
昼間から天高くその姿を見せていた白い月。どうしてか気になって仕方がなかった。
すでに体は冷えつつあったが、それでもここから動くことができない。
君臨するかのように輝く月から目が離せない。
まるで、この世に自分とあの月しか存在せぬような錯覚――

(魂が……)

吸い取られそうで、思わず自分を抱きしめた。
――と。

「景虎様」

背後から、自分を呼ぶ低い声。

「そろそろ中へ。風邪を召されます」

その声に我にかえる。
ゆっくりと肩越しに振り返ると、直江がいた。




(―――…)

なんとなくおもしろくない。
景虎は、直江に言葉を返すでもなく首を戻した。
何故にこの男はこうも絶妙の間合いで現れるのだ。
何故に、

(!!)

――何故に、こういうことを当たり前のように……。

驚いたのは、背に、ぬくもりが降ってきたからだ。
それは直江が羽織っていた綿入れ。
景虎は前をきゅ、と合わせ自分をくるんだ。

そうして思う。

近頃、この「家臣」は変わった……と。
出会ったばかりのころの不遜さはなりをひそめ、
気付けば自分を庇護するかのような言動をとることが多くなった直江。

正直、戸惑う……。

戸惑うが、安堵のような気持ちをいだくのはなぜだ……?
なんだか悔しくて、けれどその気持ちを悟られぬよう、景虎は毅然と天を仰ぎ続けた。
直江はというと、つれなくされたというに特に気にした様子もなく、
景虎の傍らへやってきた。

並んで夜空を見上げる。

満ち充ちて、星明かりさえ圧するほどに凄絶な光を放つ今宵の月を。
自分はこの世を統べる王者のようだと思うたが……

(この男はどうだろう)

ふと浮かんだ興味に、景虎はようやっと口を開いた。

「こんなに美しい月はついぞ見たことがない。まるで飽きないな……」

すると直江は、

「たしかに見事な月ですが、……この眩しさ、耐え兼ねまする」

「なにゆえ」

「心の内を見透かされるようで、落ち着かぬような……」

ほう…?

「暴かれたら困ることでもあるのか?」

からかうようにそう問うと、直江はかすかに眉をひそめた。

「あなたこそ、かように真剣な面持ちで……。
 月からの迎えでも待っていたのですか?」

「なに?」

「古(いにしえ)の物語の姫君のように、“私はあの月に住まう者、あの月に還らねば……”
 などと思うているのではありませぬか?」

(なんだと?)

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