other…

□もの云わぬ月の誘惑(直江eyes)
1ページ/2ページ


“どちらへ?”

“………月見”




霜月もなかば。
もういつ雪が降ってもおかしくないこの時節、
景虎が「月を見たい」と縁側へ出て行ってからそろそろ四半刻が経つ。

(いいかげん中へ入らせねば)

炉(いろり)の向こうでは、ついいましがたまで大酒をかっくらっていた柿崎晴家が
いびきも盛大に寝入っていた。
安田長秀と色部勝長のふたりは別行動でここにはいない。

(やれやれ……)

当たり前だが自分が呼びに行かねばならぬ。
直江は腰をあげ、綿入れを羽織り景虎のいる縁側へ向かった。







「景虎様」

立ったまま柱にもたれ夜空を眺める背中に声をかけた。

「そろそろ中へ。風邪を召されます」

見れば浴衣のみの姿。
やはり寒いのだろう、自分を抱きしめるように両腕をまわしていた。
しかし年若い主(あるじ)は肩ごしにこちらを一瞥しただけで、
すぐにまた視線を戻してしまった。

(まったくこの人は……)

たまには素直に年長者の言うことを聞けぬものか。
直江はひそかに嘆息すると、羽織っていた綿入れを主の背にかけてやった。
景虎は天を仰いだまま、無言できゅっと前を合わせた。
直江もその傍らに立ち、景虎の視線の先を追う。


満月――


澄みきった大気に浮かぶ今宵の月は、煌々と白銀の光を放っている。
やけに眩しい。
よくこんな強い光を眺めていられるものだ。

(目に毒だな……)

ぼんやりそう思っていると、

「こんなに美しい月はついぞ見たことがない。まるで飽きないな……」

陶然と囁くような景虎の声。
直江はまばゆい月影に目をすがめながら、

「たしかに見事な月ですが、……この眩しさ、耐え兼ねまする」

「なにゆえ」

問われてもなんと云えばよいのか。――そう、

「心の内を見透かされるようで、落ち着かぬような……」

そんな直江の言葉に、景虎はからかうような視線を投げてよこした。

「暴かれたら困ることでもあるのか?」

云って意地悪げに笑む景虎。
その言葉がなんともひっかかり直江も言い返す。

「あなたこそ、かように真剣な面持ちで……。
 月からの迎えでも待っていたのですか?」

「なに?」

「古(いにしえ)の物語の姫君のように、“私はあの月に住まう者、あの月に還らねば……”
 などと思うているのではありませぬか?」

「―――……」

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ