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□request No.4
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ああ、無駄に疲れてしまった。
どうしてあのお嬢さんはあんなに我が儘なんだろう。
あんな人物にこの先どれだけ仕えたらいいのか。
あれは親が悪いな、親が。
言いなりになるばかりが愛情ではないというのに、なんでもかんでも買い与えたりして。

これ以上ないほどの疲労と倦怠感をまとったクラピカが、ぶつぶつと愚痴をこぼしながら自宅マンションの廊下を歩く。
現在の雇用主の屋敷にも自分専用の個室は用意されているが、仕事場の真っ只中にプライベート空間を持つのはどうにも落ち着かない。
せっかくのオフの日にもずかずかと部屋を訪ねて来る者は後を絶たず、ノストラードは勿論、他の仕事仲間にも知られてはならない、緋の目奪還の為の情報収集もおちおちしていられない。

と言う訳で、クラピカはノストラードの屋敷のごく近くに小さな部屋を借りたのだ。


明日から久しぶりに2日間のオフ。
最近あまりの忙しさでほぼ手付かずになっていた緋の目に関する情報を整理しなくては。
それから、途中になってしまっているあの本も読みたい。
取りあえずゆっくりシャワーでも浴びてきちんと睡眠を取って…

貴重な休暇の予定を思い描きながらクラピカは、静穏な自分だけの空間に繋がるドアを緩やかに押し開けた。



「お帰りなさ〜い」

手狭なベッドと簡単な食事を取るためのテーブル、ノートパソコンしか置いていないはずの部屋に朗らかな声が響き渡る。

「明日から久しぶりの休みだね。随分忙しくしてたみたいだし、ゆっくり休もう。買い物に出なくていいように、食材は適当に調達しておいたよ。夕食の準備は出来てるし、まずシャワーでも浴びておいで」

見覚えのない黒髪の少年が屈託なく喋り続けるのを、クラピカはただ呆然と見詰め
「お…おま、お前は誰だ」
やっとのことでその一言を絞り出した。

「ええっ?!俺のことが分からないの?俺なら君がどんな姿になろうとも、きっと一目で分かるのに」

年の頃はだいたいキルアやゴンと同じだろうか。
つやつやとした黒髪。
底の見えない紫紺の瞳は、きらきらと輝いてクラピカを映す。

いや、まさか。
だってアイツは私より9つも歳上のはずで。

でも。

でもあの男の他に、こんな目眩を催すようなたわ言を、私に向かって吐く男などいるだろうか。

クラピカは認めたくない現実を目の前に、丸い瞳を大きくしばたかせ。
「ク…ロロ、か?」
「ああ、君なら分かってくれると思ってたよ。愛してる」
自分より僅かばかり背の低い自称クロロに力一杯抱き締められ、激しく慌てふためいた。

いくらクロロとはいえ、こんな年端もいかない少年にいとも簡単に不法侵入され抱きすくめられ、更には振りほどくことさえ出来ないとは。

「は…なせっ」

必死で身を捩りながら具現化した鎖を振り上げると、クロロがひらりと身体を引いて、降参のポーズでひらひらと手を振った。
「物騒な物はしまってよ。愛し合う俺達にそんな束縛の鎖は必要ないはずだよ」

誰が愛し合ってなんかいるものか。
ストーカーのように人のスケジュールを調べ尽くすだけでは飽き足らず、偽名を使い細心の注意を払って借りたはずのこの部屋に、借主より早く入り込んで勝手に寛ぎ
“待ってたよ。今日からここが俺達二人の愛の巣だね。でもどうせならもうちょっと広い部屋がよかったなあ”
などと満面の笑みでぬかしたこんな男なんかと。

「ふざけるのも大概にしろ。明日、明後日の休みにおいてお前と過ごす時間などこれっぽっちもない」

びしっと人差し指をつきつけて、半ば叫ぶように宣言すれば、クロロが黒目がちな瞳をうるませて仔犬のような仕草で見上げてくる。

「なっ、な、な、何だ。そんな目をしたってだめなものはだめだ。さっさとお引き取り願おうか」
自分よりも幼い者には無条件で弱いクラピカが、心を鬼にして玄関を指差すと、少年クロロはしゅんと肩を落とし、そっか、そこまで言われちゃ仕方ないね、と思いの外素直にクラピカに背を向けた。

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