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□request No.3
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良く冷えたミネラルウォーターの青い瓶をナイトテーブルに置いたところで、バスルームのドアが開く音がした。
可愛らしい足音と共に君の気配が近づいてくる。
きっと第一声は。

「何なんだ、この服は」

ああ、やっぱり思った通り。

「よく似合ってるよ」
シルクシフォンの裾がふわりと揺れて薄桃色の膝頭に華を添える。
「おいで。近くでよく見せて」
しかめっ面さえ可愛くてどうしよう。
渋々といった足取りで近づいて来る君の手首を捕まえて、たまらず引き寄せた。
「どうしてお前はこう悪趣味な服を次々と買うのだ。金の無駄だと何度言ったら」
「無駄なんかじゃないよ」
なめらかな手の甲に恭しく口付けて、グラスに注いだミネラルウォーターを手渡すと、君は律義にありがとう、と言った。
そういうきちんとしたところも、どうしようもなく可愛くて。
「君のために使うお金ほど有意義なものはないんだから」
白い喉元を上下させながらミネラルウォーターを飲んでいた君が、大袈裟に俺を睨む。

趣味も興味も体の相性までぴったりの俺達だけど、このことに関してだけはどうしても分かり合えないみたいだね。

空になったグラスを取り上げてナイトテーブルへ押しやると、君を両腕の中へ誘い込んでベッドの上に転がった。



君を腕の中に抱いて眠るとき。
ああ、これが幸せか、と思う。
俺の腕の中に幸せの塊がいる。
もう絶対に離したくなくて、ずっとここにいてよ、ここを君の家にしてよって言いたくて。
でもその話をすると君はすごく困った顔をするから、俺は仕方なく次の週末の過ごし方について口にした。

来週は久しぶりに土日の連休が取れそうだから、金曜の夜から車でちょっと遠出しようか。
君が行ってみたいって言ってた美術館の近くに、いいホテルを見つけたんだ。
きっと君も気に入るよ。

それなのに。
君の無情な言葉が耳を突いた。

「悪いが来週はだめなのだ」
「えぇっ」

自分でも驚くくらい情けない声が出て、うとうとと微睡みかけていた君もびっくりして顔を上げた。

「どうしてだめなの?」
「一昨日、私の後見人から急な連絡があって、大事な話があるから時間を作って私の生家に来るようにと言われたのだ。多分、私も18になったし、あの男に任せきりにしていた両親の財産についての話ではないかと思うのだが」
「そんなの週末一杯時間をかけなくたって、電話とかメールで済ませたらいいじゃないか。なんだったら俺の知り合いの弁護士に頼んだっていいよ」

クロロ、と宥めるような、咎めるような声で名前を呼ばれて俺は口をつぐんだ。

「財産のことだけでなく、資料収集を頼まれていた仕事の話もある。それに…お前とのこともきちんと話して来ようと思っている。血が繋がっている訳ではないが、私にとっては唯一の身内のような人間だからな」

理知的で聡明なくせに、自分の気持ちを素直に口にするのが苦手な君が。
俺とのことをそんなふうに。

俺は親なんて知らないけれど、君にとって両親がどんなに大切な存在かは分かってるつもりだ。
その両親にも匹敵するような人に俺とのことをきちんと話してくれるって。
それって。
なんか物凄く感動してるんだけど、俺。

「…迷惑、か?」
感動のあまり言葉を失った俺を、君の大きな瞳が覗き込む。
「まさか!」
俺はこれ以上ないほど首を横に振って、そして。
いいことを思いついた。

「俺も一緒に行ったらだめかな?」
「え?」
「俺も挨拶させてもらえないかな、君の後見人に」

君は渋い顔をして、わざわざ挨拶をするような相手ではないとか、とても遠いし何もない山奥だからとか、きっとお前も後悔するとか、散々な言い訳をしたけれど、頼みに頼んで最後は泣き落としみたいにしてようやく首を縦に振らせた。

これで今度の週末も一緒にいられる。
そして上手く行けば。
もうこれから先ずっと、君と一生一緒にいるための約束だって取りつけることが出来るかもしれない。

少々予定は変わってしまったけど、あのホテルにはまた次の機会に行けばいい。

「君が生まれ育った場所に行かれるなんて嬉しいよ」

俺は、まだ何やらぶつぶつ言っている君をキスで黙らせて、有意義な週末について思いを馳せながら幸せな眠りについた。

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