sweets,Inc.
□creamy day:side C
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「疲れた?」
「いや。でもあんなに賑やかな場所は初めてで、何だか不思議な感じだ。現実味がないというか…足元がふわふわする」
酒を飲んだわけでもないのに。
そう言うと、クロロが目を細めて私の頭を撫でた。
18になったんだからとクロロの友人達に酒を勧められたが、両親がアルコールを飲まないたちだったので、どうも自信がなかった。
せっかくの場でみっともない姿を晒すのは嫌で。
でも強く断ることも出来ずにいたら、クロロがやんわりと助け船を出してくれた。
そんなささいな、けれど細かな心遣いがひどく心地よかった。
「…ありがとう」
やっとクロロに礼を言うことが出来て、私はほっと息を吐き出した。
「何が?」
「何がって…私のために、皆を集めて、わざわざゴン達とも連絡を取ってくれて。お前の友人達にまで時間を割かせてしまって申し訳なかった」
「そんなのどうってことないよ。みんな君のことを祝いたくて集まったんだから。
ウボー達はさ、ずーっと君に会いたかったんだよ。俺が初めて本気になった人を見せてみろって。催眠術でもかけられたんじゃないか、すごい弱味を握られて脅されてるんじゃないかって変な詮索ばっかりして、とにかくうるさかったんだ。これでしばらくは大人しくなるよ」
クロロが大袈裟に肩をすくめると、左手の紙袋の中で皆からのプレゼントががさりと音を立てた。
自分で持つと言ったのに、俺の目の前で君がこんな重いものを持つなんてと、芝居掛かった台詞で取り上げられてしまった。
そのプレゼントに目をやりながら
「皆を残して帰って来てしまってよかったのだろうか?」
気にかかっていたことを口にする。
「君を拝ませてあげた上に、あれだけの酒と食べ物を残して来たんだ、文句は言わせないよ。君のお友達も楽しそうだったし、ね」
クロロの知り合いの有名パティシエに特注で作ってもらったというケーキが運ばれてきて店の中は一気に盛り上がって。
君のイメージで作ってもらったんだよ、などと気恥ずかしいことをさらりと言うから、素直に喜べなかったけれど。
砂糖漬けの花びらや宝石のような飴細工で飾り付けられた三段重ねのデコレーションケーキは、幼い頃に読んだ童話を思い起こさせて甘い気持ちにさせた。
クロロの友人達に二人でケーキ入刀しろとかなんとかはやしたてられながらケーキを切り分けて、一人一人にふるまって礼を言って、一段落したところで、このあと二人きりになりたいんだけど。
耳元で囁かれた。
あとは皆で好きにしていいよ。
店に置いてある物は何でも飲み食いしていいし、足りなかったらデリバリーでも何でもして。
クロロの囁きに構わないと返事をして程なく、クロロがよく通る声でそう挨拶して私の肩に手を置いた。
促されて私も改めて今日の集まりの礼を述べ、レオリオ達の何か言いたげな視線に見送られながら店を後にしたのだった。
月明かりの道をいつもよりゆっくり歩きながら。
自分の誕生日をこんなふうに祝ってもらえる日が来るなんて。
笑いさざめきながら友人達に囲まれて。
となりには愛しいと思える人がいて。
両親が死んだとき、もうずっと独りで生きて行くのだと思ったのに。
そうではなくて。
「このあとはどこへ?」
どうせまたはぐらかされるだろうと思いながらも一応聞いてみる。
「出来たら俺の家に来て欲しいんだけど…いいかな?」
予想に反してちゃんとした答えが返って来て、自分で質問をしたはずなのに思わず言葉に詰まってしまった。
嫌だと言ってもどうせ強引に連れて行くくせに。
いつも簡単に口にしている可愛いげのない言葉も、何故か出てこなくて。
「いいかな?」
夜の空気の中でいつもより濃く深く見える黒い瞳が私を覗き込む。
どこにも逃げ場がなくて、仕方なく視線を絡めながら僅かに頷くと。
「ありがとう」
クロロが心底嬉しそうに微笑んだ。
どうしてそんなに嬉しそうに。
たぶん。きっと、私はお前の相手として相応しくないのに。
今日こそ。
今日こそ聞いてもらわなければいけない話があるんだ。
私は秘かに一つの覚悟を決めて、クロロの隣を歩き続けた。
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