sweets,Inc.
□creamy day:side C
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誕生日のお祝いをさせてね。
君のためのお祝いだから、君の嫌がることは絶対にしない。
だから俺の思うようにさせて欲しいんだ。
いいかな?
いつも本気か嘘か分からないような軽口ばかり叩いているクロロがいつになく真剣にそうに言うから。
私は黙って頷くしかなかった。
クロロのことだから、私が嫌がることはしないというのは真実だろう。
その点については安心している。
心配しなくてはいけないのはただ一つ。
その浪費癖に関してだ。
俺が今まで稼いできた金は、あ、もちろんこれから稼いでいく金も、全部君のためにあるんだよ。
そんなことをにこやかに言いながら、何かにつけて散財しようとする男を、今まで何度たしなめたか知れない。
私の誕生日などという大義名分を与えてしまったら、どんなことになるやら。
5時に迎えに行くからね。
黒い瞳を艶やかに煌めかせてそう言ったクロロのあまりにも嬉しそうな顔を思い出して、私は小さくため息をついた。
* * * * *
「もうちょっとだよ」
胸の痛くなるような心配と予想に反して、ごくごく軽装で、手には何も持たないままチャイムを鳴らしたクロロは、柔らかく、けれど拒否を許さない力で私の手を取った。
一緒に行きたい場所があるんだ、ちょっと歩くけどいいかな。
私がいいとも悪いとも言わない内に、彼の長い指が私の指をからめとって引いて行く。
どこへ行くのだ、と。
何度聞いても、暖かくなったねとか、晴れてよかったとか、そんな答えではぐらかされ続けて、そろそろ嫌気がさして来た頃。
「もうちょっとだよ」
クロロが私の顔を覗き込んで、春の風に乱れた前髪を指先ですいてくれた。
大通りから幾分それて、人通りは少なくなっているけれど、それでも人目のあるところで余計な接触をされるのは好きではない。
それなのに。
今日はその手を振り払ったり出来なくて。
私はただ眉をほんの少ししかめてうつ向いた。
「ほら、ここだよ」
クロロの弾んだ声に顔を上げると。
そこは。
初めて来たはずなのに、何故だか見覚えのある場所で。
「俺の一番新しい店だよ」
そうだ。
この間クロロが見せてくれた雑誌に、来月ニューオープンする店として掲載されていた。
「まだオープンしてないんだけど、今日は特別」
訳が分からず立ち尽くす私を映して、クロロの瞳が大きな悪戯を成功させた子供みたいにきらきら光る。
私はやっぱり何も言えないまま、クロロに促されてその真新しいドアを押し開けた。
* * * * *
店の中に足を踏み入れた瞬間大きな音に包まれて、私の体はみっともない程にびくりと飛び跳ねた。
見回せばそこには見知った顔があって。
レオリオにゴンにキルア。マチやパク、シズクまで。
見覚えのない幾人かの人物はクロロの旧知の友人達だろうか。
各々が溢れんばかりの笑顔で私の誕生を祝う言葉を口にしていることに気付いて、私は慌ててクロロを振り返った。
「みんな君のために集まったんだよ」
両親と暮らしている間、誕生日はいつもよりほんの少し豪華な食卓を囲む日だった。
父の後輩の元に移ってからは、ぶっきらぼうな言葉とささやかな贈り物を。
クロロが面白可笑しく話してくれた、自分の誕生日には昔からの仲間で集まってばか騒ぎして朝まで飲み明かすという話を、私は、そんなつもりはなかったけれど、羨むような顔で聞いていたのかも知れない。
「誕生日おめでとう。クラピカ」
どんな顔をしたらいいのか分からない。
すごく嬉しい、のに。
「クロロ、あの」
「ほら、主役がこんな所で立ちっぱなしじゃだめだよ。おいで」
礼を言うより先にクロロに腕を取られ、みんなの輪のなかに引っ張り込まれた。