sweets,Inc.
□red hearts
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あたまがおも、い。
ゆっくりと浮上する意識。
言うことを聞かない瞼を無理矢理押し上げると、ぼんやりとした薄暗闇が広がった。
ここ、どこ、だ。
なかなか定まらない焦点に苛立ちながら目を凝らすと。
そこは。
住み慣れた自分の部屋だった。
…俺、どうして。
すぐに落ちてしまいそうになるあやふやな意識を、強引にたぐり寄せる。
そうだ。
今日はクラピカと映画に行く予定になってたんじゃなかったか。
単館上映のドキュメンタリー映画。
今日までしかやってなくてあの子がすごく楽しみにしてた。
やば、寝過ごしたか。
慌てて体を起こそうとすると、天井がぐるりと回ってそのまま枕に沈んだ。
違う。
寝過ごしてなんかいない。
俺はちゃんと出掛けたはずだ。
そう、待ち合わせの喫茶店であの子に会った。
映画の前にいつものベーグルサンドを食べるかって聞かれて、その店で会うときは必ず注文するのに、今日は何でか食欲がなくて。
コーヒーだけ飲んで店を出て、映画館への道すがらダメ元で手を繋いでみたら、君はちょっと思案するみたいな顔をしただけで、いつもみたいに振りほどいたりしなくて、珍しいこともあるものだと。
俺はものすごく幸せな気分になった。
あれは夢か?
いや、細い指を絡め取ったときのあの感触。
あれは本物だ。
でも。
じゃあ、どうして。
俺は混乱して、もう一度ゆっくり体を起こそうと試みて。
「まだ起き上がってはダメだ」
ドアの隙間から駆け寄ってきた優しい人影に、ふわりと肩を押し戻された。
「ク…ラピ、カ?」
地上で一番綺麗な名前。
なのに、声が掠れて上手く呼べない。
「目が覚めたか?」
いつもよりほんの少し低い、囁くみたいな声。
廊下の明かりが差し込むだけの薄暗い部屋の中で、君は淡く発光しているみたいに見えた。