短編


□夢枕
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幼い頃から本ばかり読んでいた。



「こらこら、またそんな格好で読んで。」

頭上から母の声がする。そんなことはお構い無しに、幼い私は床に広げた本に顔を擦り付けるような体勢で文字を追い続ける。

「ほら、しゃんとなさいな。」

育ちの良い母は柔らかな口調で叱咤しながら、私の周りに積み上がっていた本の塔を崩して片付け始めた。着物特有の擦るような足音が行ったり来たりする。既に読んでしまった本は構わないが、未だ手を着けていない本まで持って行かれてしまった。そんなことにも気付かずに私は本に沈んでいく。

「いい加減になさい。そんな格好で読んではいけないと言っているでしょう。」

温厚な母が珍しく声を鋭くさせた。その声に私は本から掬い上げられた。

「なんでさ。別に良いでしょう。」

本に突っ伏したまま反論。母が眉間に皺を寄せていることよりも、読書を邪魔されたことのほうが私にとっては大問題だったのだ。

「じゃああなた、顔を上げてごらんなさいな。」

そう溜め息混じりに言われ、私は渋々上体を起こした。
その時初めて母の言っていたことを理解した。

「嗚呼、本当だ。」




手に広げた本から声がした。
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