一輪挿

□幸せな時間
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いつだって、大切なことには後になって気付くんだ。

そう、例えば別れの時に−。






「藍楸瑛が辞表を出してきた」

「−え…?」

吏部に戻って来た途端、養い親兼上司である紅黎深に告げられて、李絳攸は思わず言葉を失った。

「文官を辞して藍州に帰るそうだ。もう今夜には貴陽を発つらしい」

あまりにも抑揚なく事務的に言われて、絳攸は頭の中が真っ白になる。

一体、黎深様は何をおっしゃっているー?

あの馬鹿は昨夜も忙しいと言う自分を無理矢理酒楼に誘った挙句、散々人を茶化して怒らせて、でも何が可笑しいのかへらへらと笑って−。

「藍楸瑛の名を官吏名簿から削除しておくように。…絳攸?聞いているのか」

いつもなら絶対的な響いてくる黎深様の声がやけに遠い。
そうだ、あいつはいつも通りへらへらと笑って、そして−、言ったんだ。


『私は君とこうしていられる時が、一番幸せだよ絳攸』


思い出すと同時に、絳攸は手に持っていた書翰を投げ出して、吏部を飛び出した。
後ろで黎深の制止する声があがったが、今の絳攸を縛ることは出来なかった。



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